
元国税職員さんきゅう倉田です。35歳から3年間勉強して東京大学に合格しました。それから3年経ってもう4年生です。
大学4年生の夏休みは、企業分析の世界大会の予選に出たり、卒業論文のためのデータを集めたり、ホームページを新しくしたり、トレーディングを勉強したりしています。
チームで作業をしていると、自分が凡人に思える天才と出会うことがあります。今日は小学校1年生で因数分解を発見した友人にインタビューしました。
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▶同級生のうち3人が東大生に秀才が集まる公立の小学校へ転校
引越し先の大阪ミナミの小学校はお世辞にも治安がいいとは言えない地区にあった。裕福な人は教育にお金をかけるので賢い子供の家庭は所得が高い傾向にあるが、引っ越した地区はお金持ちが住むようなエリアではなかった。
しかし、結果的にその小学校の同級生のうち3人が東大生になった。この3人と筆者の友人は、中学受験のために同じ塾に通い、互いに良い影響を与えた。電車に乗って一緒に塾に行き、授業が終わればまた一緒に電車で帰る。誰か1人が自習室に残ると言えば、残りの3人も残って勉強した。
勉強漬けの毎日だったが、唯一、友人だけが持っていたスマホを使い、通塾中の電車で順番にゲームをやることだけが彼らの息抜きだった。中学受験の結果、灘に2人、西大和に1人進学し、友人は灘に落ちて東大寺学園に入った。
この小学校では1学年200人のうち受験したのは7人だけだった。
▶天才の友人もまた天才だった関西男子御三家の東大寺学園
関西の中学受験界隈では、灘に次ぐ最難関校という位置づけで自由な校風を持つ学校として知られる。制服や厳しい校則がない自主性を重んじる校風だ。友人は中学からバスケ部に所属していたが、高二の5月に辞めた。
「高三までやる人も多いけど、高二の夏は遊べるから早めに辞めた。文化祭もあるし、修学旅行もあるし。辞めてからの半年でラーメンをたくさん食べたなあ。そういえば、俺がバスケ部辞めるって言ったら、仲良い友達も辞めてん。そいつ、中大兄皇子や大化の改新も分からんかってんけど、センター試験の1ヶ月から勉強して日本史満点取ってて、賢いなって思ったな。結局、東進の本番レベル模試で京大志望理系で全国1位取って、京大医学部に行ったな」
▶中高一貫校の一番のメリットは積極的には塾に行かなかった中学高校時代
友人は東大生御用達の鉄緑会に入らず、中二から国語の塾に通った。国語の点数が低いことを憂いたお母さんが入塾を決めたそうだ。これは長くは続かずそのうち辞めてしまう。それからしばらく塾には行かなかったが、部活を辞めたタイミングで、高二から物理と英語だけ塾に通い始めた。
一部の進学校では、塾に通わず学校の先生に質問して東大の過去問対策をする生徒がいるが、彼はそうではなかった。
「東大寺の先生に相談はしないな。数学はレベル高かったけど、理科は下のレベルに合わせている感じがしたな。授業のときに感じるんよね。東大目指してたら、この時期にこれやってる場合じゃないでしょと気づく。模試で理科の点数も悪くて、このままだとまずいなと思って、自分で勉強してたな。だから先生に聞くこともない。カリキュラムが遅いんよね。」
中高一貫校は中学のうちから高校の範囲を学ぶが、その進度や考え方には学校の考え方が反映されている。東大や京大を積極的に薦める学校もあれば、生徒の自主性を重んじる学校もある。どちらにせよ、ある程度先取りしているし、優秀な仲間に囲まれているので環境が良い。
一方で、高校受験では一貫校のようなアドバンテージはなく、東大を目指すなら英語に力を入れることが多いように思う。英語は伸びるし、配点が高いからだ。
▶全国どこにいても東大に入るために大事なことは横浜にいたら東大に入れなかったか
「入ってたんちゃう?笑 振り返ると環境ガチャ。周りに同じ志を持った人がいるかどうかが大きい。その人たちとライバル関係になって、競い合って、上のレベルを知れたのが大きかった。たまたま引っ越した先に灘を目指す人がいたのがよかった。ただ、横浜に住み続けても東大には入ってたやろ。アドバイスするとしたら、親ができるのは、良い環境を用意するために小1から塾に入れることやな」
友人の顔は自信に満ち溢れていた。それは決して驕りではなく、これまでの努力と周囲との比較の結果であるように見えた。
■編集部より
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