中学入試まで残すところあと数か月となった。受験生が最後の追い込みを迎えるこの時期、受験生は、保護者は、どのように過ごすのが良いのだろうか。 関西エリアの最新受験動向と直前期に役立つアドバイス、子供にベストを尽くしてもらうための親の心構えについて、浜学園の松本茂学園長に話を聞いた。併願校の選び方に変化が--まず、直前期の現況をどのように見ているかお聞かせください。 今年の受験生は、新型コロナウイルス感染症拡大防止を目的に行われていた一斉休校や分散登校が落ち着いたころに塾通いがスタートし、本格的に受験勉強を始めた学年です。学校側も、コロナ禍を経てオンライン説明会やSNSを使った広報活動に力を入れるようになり、従来のような足を運んでの説明会や学校見学に加えて、より多くの学校について深く知ることができるようになりました。以前は、6年生の保護者面談時に私どもがあげた学校名に対して「こんな学校があるなんて知らなかった」という親御さんも少なくありませんでしたが、近ごろは保護者も学校側からの情報を積極的に集めてしっかりと研究している印象です。そのぶん、併願校を絞り込んでいく段階でも慌てず、志望校に向けた対策やお子さん自身のケアにしっかり臨まれている方が多いように感じています。 2025年度の入試は1月18日からスタートします。終盤に大阪教育大附属の入試がありますが、ほとんどの受験生が1月18、19、20日の3日間で合格を手にすることを想定し動いていると思います。短期決戦が求められるなかで、第一志望は強気で受けに行くけれど、併願校は通学のしやすさや実際の成績などを考慮しながら、いろいろ研究したなかから魅力を感じた学校を組み込んでいくケースが多く見受けられます。上位校の人気や志望動向については大きな変化はないものの、併願先として後期日程やB日程といった入試回の設定がある学校により人気が集まるという傾向が見られるのが特徴的です。--限られた日程でどう受けていくかが問われますね。 受験校選びについては塾の先生方からもさまざまなアドバイスがあると思いますが、偏差値を目安にするなら「凸凹に受けること」が大事です。チャレンジ校ばかりを並べるのではなく、実力に見合った学校、よほどのことがない限り大丈夫だろうという学校もバランス良く受けることです。 近年は関西でも午前入試、午後入試が一般的になりました。併願校との兼ね合いで試験時間を調整したり科目数を減らしたりと、学校側もさまざまな取組みを行い、多様な受験プランが組みやすくなってきていると感じます。試験日が2日間にわたる灘中などを除いて、1回の試験のみという学校はほとんどなくなりました。複数日程を受けると加点される学校もあり、同じ学校を複数回出願するケースが増えたことで、出願回数は増えていますが、逆に受験校数はよりシンプルになっているのではないでしょうか。--1人何校くらい出願するケースが多いのでしょうか。 ネット出願になり、ギリギリまで出願する・しないが決められますし、初日に第一志望に受かってしまえばそこで終了するケースも多いので、実際の受験校数とは異なりますが、みなさんだいたい7試験回くらいは準備をして臨んでいる方が多いように思います。まず近畿圏の学校が実施する大阪会場での入試を前受けとして2、3校、入試解禁日の午前に第一志望を受けて午後入試、翌日、翌々日の午前・午後入試、と臨むパターンが主流です。大阪の私学無償化の影響は…--秋になって見えてきた人気校の動向について教えてください。 ここ数年の傾向ですが、関西学院や同志社香里、立命館といった関西圏の上位校として知られる大学附属のエスカレーター校については、単に人気が高いだけでなく実際に志望する子供たちの学力レベルも高まってきています。従来は進学校に進むとされていた上位層の子たちも附属校を志望するケースが増え、学校全体の合格・不合格ラインも引き上げられています。 他方で、大学附属校以外で倍率が上がると予想されるのが高槻中です。大阪、兵庫、京都からのアクセスが良いという広い通学圏に加え、共学化し、志望する層の生徒のレベルが上がっています。高槻はこれまで以上に第一志望、チャレンジ校として受験する学校となっていくでしょう。 また、大阪では2024年度から段階的に始まった私学高校の授業料無償化が後押しとなり、一部では、周辺地域からの流入と大阪の中で留まる動きが見られます。これまでも最難関中の併願校として地位を確立している男子校の清風や明星などに加え、共学校である清風南海、開明、大阪桐蔭、常翔学園などといった学校も、特色あるコース設定やカリキュラムそして進学実績が支持され注目を集めています。 兵庫では、高槻と同様にレベルが上がってきている須磨学園、共学化した滝川学園に勢いがあります。兵庫県の東、北摂のほうに行くと雲雀丘学園が人気です。これらの学校は実際に見学したことでその魅力を感じる方も多く、年々レベル・人気ともに上がっています。ただ、後半の日程になればなるほど定員が少なくなり難易度も上がるので、そこは併願戦略の難しいところではありますね。--松本先生が特に注目されている学校についてお聞かせください。 先に述べた関西エリアのエスカレーター校として、関西学院や同志社、立命館グループなどを進学先として考える方が多いというのは納得です。というのも、世の中が総合型選抜を重視した取組みにシフトする中で、中高大10年という長期スパンで生徒が時間をかけて自分のペースで成長できる学校としての価値が注目されつつあり、一時的に人気が落ち着いた学校も、再び評価を上げているのです。 また、先ほども出しましたが、京都大学の総合型選抜で安定した合格実績を出している開明にも注目しています。学校内の発表会などの活動を通じて、生徒が学力以外の力を培えるような取組みが成果として出ているのでしょう。兵庫県内でも、雲雀丘学園や三田学園も同様に安定した評価を得ている学校だと思います。ますます問われる「初見の問題に取り組む力」--首都圏から関西の上位校をチャレンジする動きについてはいかがでしょうか。 コロナ禍では首都圏からの灘中の受験者数は減りましたが、昨年度(2024年度)からは以前と同じくらいまでに戻ってきています。ただし、昨年は関西の入試解禁日が13日と例年より1週間ほど早かったこともあり、日程的に関東からも受けやすかったことも影響していると思います。今年の灘中の入試日は18、19日ですから、20日以降に千葉入試を控えている場合は連続となってしまいます。さらに2月1日を迎えるにあたっての合否の影響やインフルエンザ等感染症罹患のリスク、長距離移動の労力を、受験生とそのご家族がどうとらえるかにかかっていると考えています。 逆に、関西から関東の難関校を受けに行く流れは例年通りでしょう。昨年は、関西入試を終えてから2月1日まで2週間ありましたが、今年は埼玉受験も含めて受けやすい日程となっています。他方で、名古屋圏では関西と関東の両方の学校を視野に入れているご家庭も少なくありません。名古屋近郊の受験生がどう動くかというのは、2025年度の入試全体にも少なからず影響してくると思います。--近年の入試問題に顕著な出題傾向について教えてください。やはり大学共通テストの変遷や思考力重視の流れは中学入試にも影響しているのでしょうか。 確かに、これまでなかったような問題がいくつか出題されるとどうしてもそこに目が向き、思考力重視の傾向が強いと感じることもあるかもしれません。首都圏などではその傾向が特に目立つと言われていますが、実際の入試問題全体で見ると、特定の「新しいタイプ」の問題ばかりが増えているわけではありません。こうした問題は生徒によって「当たり外れ」が大きくなることもあり、当日その問題形式にハマる生徒とハマらない生徒で結果が大きくわかれる可能性があるため、今すぐ思考力一辺倒になることはないと思われます。 ただし、教科書に載っていない、見たことがないような資料や統計データを用いた問題や、社会で習ったことが理科で問わるといった教科の垣根を越えた出題は増えています。知識の基盤が十分ではない段階で、未知の情報を使って考えさせることは小学生にとってかなりハードルが高いと思います。まずは基礎的な知識をしっかりと身に付けること。そのうえで、自分がもっている知識や経験を組み合わせて初見の問題に取り組む力は、今後もいっそう問われていくと思います。子供を“主役”として入試に向かわせる--受験直前期、親に必要な心構えと、受験生本人のメンタルの保ち方についてアドバイスをください。 ちょうどこの時期、私たちの塾でも最後の保護者説明会を行います(取材日は2024年10月31日)。そこで私がいつもお伝えするのは「私たち講師も保護者も、実は入試本番では何もできない立場だ」ということ。これからますます私たち講師も親御さんの気持ちも高まっていくでしょう。ですが、入試当日は、私たちはただ学校の門の前で子供の背中を見送ることしかできないのです。 これからの時期は「主役は子供」であり、私たちはその後ろで支えとなる役割に徹することが大切です。最近の子供たちは、他人と比較されたり競い合ったりするような場面を避けて育ってきているため、親が前のめりになることで逆にプレッシャーに負けてしまうケースもよくあります。入試まであと80日を切り、親としては焦る気持ちや緊張感が増しがちな時期ですが、子供たちが落ち着いて試験に臨めるような環境作りを再優先してください。寝る時間を惜しんで勉強していないか、生活リズムを保てているかといった、家庭だからこそできるサポートをお願いしたいと思います。 入試の朝の親子の顔を見ると、やはり似ているなと思うんです。特に保護者の方が不安そうな顔をしていると、そのお子さんも同じように不安げな表情でやって来ることが多いです。親の表情は想像以上に子供に影響を与えていて、反抗期で普段はそっぽを向いている子供であっても、保護者の雰囲気をしっかり感じ取っています。親御さんも、結果を想像して緊張するでしょうが、合格発表が出るまで何もわかりません。「目標に向かって、最後までやれるだけのことはやったから大丈夫」と、たとえ演技でも良いので、子供に前向きな姿勢を見せて最後まで応援してあげてください。--最後に、受験日までラストスパートをかける小学6年生にメッセージをお願いします。 私は毎年、入試直前に「浜学園受験生の心得」としてこんなメッセージを伝えています。「入試は奇跡を起こす場ではなく、普段の自分の力を証明するために受けるんだ。それだけで十分だよ」と。 入試は、宝くじのように運を頼るものではなく、これまでの努力を正当に示す場です。特別な力を出そうとせず、日々積み重ねた自分の力をそのまま出すこと。むしろ「いつも通りの自分」を心にもって臨んでほしいと思います。 残りの日々は、難しい問題に挑戦することよりも、自分の弱点や不安な部分を確認しておき、いつもの学力をしっかりと維持できるよう準備することが重要です。入試では、急にできなかった問題が解けるようになるわけではなく、これまでやってきたことがそのまま力となります。これまで使い込んできたテキストを確認することが、きっと一番大切なことです。最後まで落ち着いて、自分の力を信じて頑張ってほしいと思います。--ありがとうございました。 「人は努力をすればするほど、自分の“穴”や弱点が見えてきます」と松本先生。「足りないところが見えるのはそれだけ頑張っている証拠であり、目標に近づいているということ。苦しいと感じる瞬間こそ確実に合格へと歩んでいると信じて、最後まで前向きに頑張ってほしいと思います」と、志望校合格を目指して頑張る受験生親子に向けて力強いメッセージを届けてくれた。