AI時代だからこそ、「その子の生活」が見られている
たとえば、慶應義塾横浜初等部の願書には「AIや第三者に頼らず、保護者ご自身の言葉で書いてください」という趣旨の文言が加えられ、大きな話題となった。また、聖心女子学院の説明会では「願書はできるだけ簡潔に。その分、面接でじっくり親子のお話を伺いたい」と、徹底して「対話」を重視する姿勢が明言されている。実際の面接の場でも、「なぜそう思ったの?」「では、こういう場面ではあなたならどうする?」と、表面的な受け答えではなく、子供の考えを丁寧に掘り下げていく質問が増加している。
過熱する受験競争のなかで、膨大な知識の暗記や、試験を突破するためだけの詰め込みの練習に頼る対策が蔓延し、いつしか親も子も「ロボット化」してきたことに、多くの学校が警鐘を鳴らしてきた。そして迎えている今年の入試でも、AI社会の到来を背景に、「いかに自分の頭で考え、自分の言葉で表現できるか」がより一層厳しく問われ始めている。
詰め込んだ知識をただ正確に出力するだけの子供や、大人が型にはめて人工的に作りあげた「優等生」は、いまや学校側から明確に敬遠される傾向にある。これからの時代に求められているのは、単なる知識の量ではなく、「考える力」「感じる力」「対話力」にほかならない。
これからの時代に本当に求められるのは、受験のための特別な訓練を重ねた子供ではなく、日々の生活のなかで自ら「体験し、感じ、考える経験」を豊かに積みあげてきた子供たちである。だからこそ、「季節感」や「日々の暮らし」「日常の体験」が、再び重要視されている。変化の激しいこれからの時代を生き抜く子供の土台を、家庭のなかでどのように育んでいけば良いだろうか。
なぜ小学校受験で「季節」や「生活」が問われるのか
小学校受験の試験では、子供たちの能力を多面的に測るため、実に多様な選考が行われる。大きく分けると、筆記試験である「ペーパー」、考えを表現する「絵画」「工作」、手先の器用さを測る「巧緻性」、片づけや洋服だたみなどの「生活」、チームで物事を協力して成し遂げる「行動観察」さらに「指示行動」「体操」「面接」など、学校ごとの教育理念に合わせた選考が実施される。
中でも「ペーパー」では、数や図形などの論理的思考力を試す問題のほか、理科的な知識を問う問題(季節の植物や生き物の生態など)、日本の伝統的な季節や行事に関する問題、さらにはしりとりなどの言語に関する問題まで、幅広い分野の常識が問われる。そうしたペーパー試験のさまざまな場面で、「季節」に関する教養や実体験が深く関係してくる。
また、「ペーパー」のなかに含まれる「お話の記憶」と呼ばれる、5分程度の長めの文章を聞いて内容について答える、小学校受験特有の記憶力を測る問題がある。この種の試験においても、「お話のなかのキーワードから推測して、これはいつの季節のお話でしょうか」といった、文脈から季節を読み解く力が問われることが多い。もはや、季節の教養や知識は、小学校受験において避けて通れない必須の要素といって過言ではない。
なぜ、季節に関する出題が多いのかでは、なぜ学校はこれほどまでに季節の出題にこだわるのだろうか。
それは、「季節の知識をどれだけ正確に暗記しているか」を求めているのではない。「季節感を大切にしている家庭であるか」「日常の暮らしを丁寧に営んでいるか」を見極めたいからにほかならない。
スマートフォンやアプリ、YouTubeなどのデジタル画面から得た断片的な知識ではなく、本物の季節を慈しみ、親子で共に体験する。そうした地に足のついた体感からの学びは、いまや非常に貴重なものとなっている。学校側は、受験に対しての最短距離を求め戦略的に学習を行い、子供を作りあげている家庭よりも、ささやかであっても季節感を大事にし子供の興味をひきだしている家庭を求めているのだ。
生活に根ざした課題が映し出すもの
そして近年、重要視されているのが「生活に根ざした課題」である。片付けや準備などが考査として出題される学校も増えており、面接や行動観察などでは以下のような出題がある。
【面接】
「昨日の晩ごはんは何を食べましたか?」
「夏休みには家族でどのようなことをしましたか」
「川に行けるとしたら何をしたいですか」
「お友達とどのような時に喧嘩になりますか。どのように仲直りしますか。」
食事のメニューや日常の会話には、その家庭の生活がそのまま映し出される。また、受験対策に追われている子供は夏休みに家族で心から楽しむ体験が乏しかったり、川での遊びや自然の中でのダイナミックな体験をリアリティをもって想像することができない。また完璧を求められている子は「喧嘩をしてはいけない」と思っている。
【行動観察】
「うちわであおいで新聞紙を移動させるリレーをしよう」
「風船をついてできるだけ長く浮かせよう!」
これらには、あらかじめ決まりきった一律の「正解・不正解」が用意されているわけではない。子供たちはその場で工夫しながらやり方を考え、チームの仲間に自分の言葉で伝えていく。過去の記憶ではなく、目の前の変化する状況に対応して「試行錯誤する力」が強く求められているのだ。特別な受験対策や詰め込みの訓練よりも、夏にうちわであおいだ、風船で遊んだ、その何気ない普段の生活を大事にし、そのうえで考え工夫できるか、が重要なのだ。
なぜ学校は「季節感」や「日々の暮らし」を重視するのか
今年の入試説明会では、「子供は完璧でなくて良い」「まだまだ未完な存在なのだ」と強調する学校が目立った。これは、受験に向けて子供を型にはめて完璧に作りあげようとする親の現状に向けられた強い警鐘に他ならない。インターネットやAIであらゆる情報が瞬時に手に入る現代だからこそ、自らの五感で感じ取り、自分の頭で考える「人間だからこその感性や倫理観」が、これまで以上に重視されている。テストの点数では決して測れない「非認知能力(好奇心、主体性、想像力、社会性など)」や「生きるための力」を育むのは、机上の試験対策ではない。自然のなかで思いどおりにいかない経験をしたり、虫捕りで1匹も捕まえられずに悔しい思いをしたりするような失敗体験こそが、子供の問題解決スキルや、困難をやり抜く力、柔軟性を育んでいく。
学校側が求めているのは、あらかじめ正解を覚え込まされたロボットのような子供ではない。日々の暮らしのなかに感動があり、目の前の自然や事象に対して「なぜだろう?」と疑問をもち、自分の言葉で表現できる子供である。だからこそ、季節を大事にする生活が、これほどまでに重要視されている。
日常から育む「季節を楽しむ工夫とアイデア」
季節行事が大切だと言われると、教育熱心な家庭ほど「子供に特別な体験をさせなければ」と気負いすぎてしまう。親が必死にスケジュールを組み、遠くのレジャー施設へ連れていき、子供はただそれに連れていかれるだけ。それでは「お出かけ」で終わり、深い学びにつながらないことも多い。無理をして遠出をしなくても、日々の工夫次第で身近なところでできることはたくさんある。
また、体験から何を感じ取るかは子供によって十人十色であり、そこに決まった正解などない。たとえば、カブトムシを育てたときに、その「さなぎが動く姿」に驚き感動する子もいれば、餌のゼリーの「色」に興味をもつ子もいる。また、雌と雄の形の違いに目を向ける子もいれば、さなぎから成虫になったときに足が一本少ない個体がいたことに気付く子もいる。
私は生活の中で季節や行事を大切にすることは、子供の興味・関心を無限に広げる最高の一歩なのだと思う。そのための具体的なアイデアをいくつか日常のなかに取り入れてみてほしい。
スーパーの食材で「旬」を知る
親子でスーパーや八百屋に買い物に行くだけで、そこは格好の学びの場になる。「この果物、先週はなかったね」「この野菜、今日はたくさん並んでいるね」。そんな何気ない会話こそが、旬を知る最高のサインである。購入した食材の産地を地図で一緒に確認すれば、日本国内の地理や世界の国々への関心へと自然につながっていく。
「わが家の木」を決めて1年を見つめる通学路の街路樹でも、ベランダの小さな鉢植えでも構わない。お気に入りの木を1本決めて、継続して眺めてみる。「葉が赤くなってきた」「枝にカマキリの卵を見つけた」など、「なぜだろう?」と子供が足を止めるその瞬間こそが、すべての探究の始まりである。
「なんで?」に出会ったら一緒に調べる
子供の鋭い質問に、親が思わず答えに詰まってしまう瞬間は誰にでもある。そんなときこそ「一緒に調べてみよう」と、好奇心を親も一緒になって共有してほしい。親が答えを一方的に教え込むよりも、ワクワクしながら一緒に見つけ出すほうが、はるかに子供の記憶に残る。小さなころから育まれるこの「調べる習慣」は、その子の一生の財産となる。
子供の豊かな表現を引き出す「わあ、すごい!」の一言だけで話を終わらせず、「どこがすごかった?」「触ってみたらどんな感じがした?」と優しく問いかけてみてほしい。「かたくて力強い」「ネバネバしている」などの五感を通したリアルな実感を自分の言葉で表現することで、子供の語彙や表現力は驚くほど豊かになっていく。
実際にご指導している家庭のなかには、ひなまつりに昆布から丁寧に出しをとって本格的なちらしずしを親子で作ったり、お正月飾りを自分たちの手で作りあげたりする姿が見られる。同じ素材を扱っても、子供が作る作品はまったく異なり、世界に1つだけのオリジナルティあふれる作品に仕上がる。
親が無理をして「完璧な行事」をこなそうとする必要は一切ない。大切なのは「親子で一緒に取り組み、そのプロセスそのものを楽しむ」ことである。その体験のこそが、子供の知的好奇心を強く刺激し、知識へと昇華していくのだ。
親子で身近な季節感を大事にする『子供と楽しむ 季節と行事のカレンダー』
こうした日々の暮らしのヒントや、親子で実践できるアイデアを1冊にまとめたのが、拙著『子供と楽しむ季節と行事のカレンダー』(KADOKAWA)である。この本は、季節を暗記するための無機質な参考書ではない。日々の忙しい生活のなかで、ふと手にとって「あ、今はこれが旬なんだ」「今週はこれをやってみよう」と、暮らしのなかにそっと取り入れていただくための「きっかけ」である。
私自身、子育てを通して季節を感じる生活をするなかで、七草がゆに使われる草が意外と身近に生えていることに驚いたり、ひなちらしの具材ひとつひとつに子供の健やかな成長を願う深い意味が込められていることを知って感動したりと、多くの発見があった。同じ体験をしても、そこから何を受け取るかは子供によってさまざまである。知識として「覚える」のではなく、「体験のきっかけ」にしてほしい。
とはいえ、毎日はどうしても忙しい。「いろいろな体験をさせるのは大変だ」と感じる方は、本書のなかに用意されている各月の「やってみよう」の欄をぜひ試してみてほしい。特別な準備や大掛かりな外出をする必要は一切ない。書かれている「やってみよう」を1つ実行するだけで、親子の日常にたくさんの気付きと会話が生まれる。
カブトムシの成長をじっと見つめることで、理科や生物に対する奥深い観察力がぐんぐん育つ。夏至や冬至を知ることで、「太陽の高さって、季節によってこんなに変わるんだ!」という、中学受験の理科につながる種まきになる。五感で季節を感じた記憶は、知識のアンテナを張り巡らせ、心の豊かさや人間力の土台となる。日本に生まれたからこそ、四季の美しさや伝統行事を深く知り、それを心から大切に思う人であってほしい。その幼少期の豊かな経験は、将来その子が広い世界へ羽ばたこうとするとき、どんな困難にも揺るぎない「その子を支える太い芯」となるはずである。
今日からできる、親子のかけがえのない時間「子供の興味を広げるためには何をすれば良いですか?」と、保護者の方から聞かれることが多い。ひとりひとりの子供の興味はもちろん違う。だからこそ、万人にとっての正解である「これをやれば良い」という型はない。ただ、興味の「入り口」を作ってあげることはできる。それは、身近なところから、日々の暮らしの中で季節を楽しむことに尽きる。
「子供に特別な体験をさせなければ」と、肩に力を入れすぎる必要は一切ない。ただ、子供と一緒に季節の移り変わりを面白がり、日々の暮らしのなかの小さな疑問に立ち止まる。それだけで十分である。AIがどれほど進化し、効率化が進む時代になったとしても、人間としての豊かな感性や、自然を愛でる心、他者と感情をもって対話する力は、機械には代替できない。
今日からできる親子のコミュニケーションの第一歩として、身近な自然に目を向けたり、季節のカレンダーを開いてみたりすることから始めてみてはいかがだろうか。そのささやかな日々の積み重ねのなかにこそ、小学校受験の本質であり、子供の一生モノの生きる力が宿っている。
【執筆者】株式会社コノユメ代表取締役大原英子
東京大学卒業後、大手通信会社に勤務。その後、自身の母親が30年以上にわたり主宰する受験絵画教室のメソッドをもとに、2011年に小学校受験専門の幼児教室を設立。
2022年には、教育の新しいかたちを提案すべく株式会社コノユメを設立。同年、オンラインと対面のハイブリッド型幼児教室「コノユメSCHOOL」を開校し、幼児教育業界で他社に先駆けてオンライン教材を導入。日本全国さらに海外在住の家庭からも高い支持を集め、多くの家庭に選ばれ続けている。
これまでに、慶應義塾幼稚舎・慶應義塾横浜初等部・早稲田実業学校初等部・雙葉小学校・白百合学園小学校・聖心女子学院初等科、暁星小学校、東京農業大学稲花小学校など、難関名門校への合格者を多数輩出。












