
モラハラ・夫婦カウンセラーの麻野祐香です。
働く女性は、モラハラやDVの夫から簡単に逃げられるのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。さまざまな事情で、支配的な配偶者との結婚生活を続けている人たちは少なくありません。オトナサローネ世代のモラハラ被害にフォーカスした本連載、今回は、結婚前に感じていた小さな違和感を「気のせいだ」と流し続けた結果、その違和感が現実になっていったAさんのお話です。
ゴミを道にポイ捨てするカレ
付き合い始めた頃のある夜、彼と並んで歩いていると、彼が飲み終えた空き缶を、何の迷いもなく道端に捨てたのです。Aさんは思わず足を止めました。
「ゴミはゴミ箱に捨てないと」
そう言ったものの、返ってきたのは「大丈夫」の一言だけ。それ以上、何も言えなかったそうです。その後も、彼は粗大ゴミを公園に置いていこうとしたことがありました。さすがにAさんも、「それは違法行為だよ」と伝えました。しかし彼は悪びれる様子もなく、「あとで誰かが片付けるでしょ」と言い、そのまま平然と車を発進させたのです。Aさんは後になって、「その時にもっと強く止められなかった自分にも問題があったのでは」と、ずっと後悔していました。
また、彼の運転は、Aさんにとって恐怖そのものでした。走行中、前の車に割り込まれた瞬間、彼の表情が一変するのです。さっきまで笑って話していたのに、急に口数が減り、ハンドルを握る手に力が入る。
「なめられてる」
そう吐き捨てるように言うと、アクセルを踏み込み、無理に追い抜き返そうとします。スピードが上がるたびに、Aさんの身体はこわばっていきました。
「怖いからやめて」
そう伝えても、「大丈夫」の一言で終わってしまう。何を言っても、まともに取り合ってはもらえませんでした。
食事に行った日のことも、Aさんは今でも鮮明に覚えています。何気なく口にしたAさんの一言に、彼が腹を立てた時のことです。彼は黙ったままグラスを強く握りしめ、次の瞬間、グラスを割ったのです。
パリン……! という音が店内に響き、一瞬、周囲の会話が止まりました。
慌てて駆け寄ってきた店員に対し、彼は平然とした顔で、
「これ、最初からヒビ入ってたんじゃないの?」
と言ったのです。
さらに、グラスの破片で手を怪我した彼は、店側から見舞金まで受け取っていました。Aさんは周囲の視線が気になり、「もう出よう」と彼を促して店を後にしました。すると彼は、さっきまで怒っていたことなどなかったかのように、「びっくりしたよね、ごめんね」と優しく肩に手を回してきたのです。
Aさんは、彼の感情の起伏の激しさや異常さに気づいていました。それでも、優しくされるたびに、「きっと悪い人ではない」と、違和感を打ち消そうとしていたのでした。
はっきりと現れている「モラハラの特徴」
これらの出来事には、モラハラに共通する特徴がはっきりと表れています。誰も見ていない場面での振る舞い。感情のままに行動すること。自分の非を認めないこと。そして、「恐怖」と「優しさ」を繰り返し与えることです。強い緊張や恐怖を感じたあとに優しくされると、人はその優しさを必要以上に強く感じてしまいます。「支配・恐怖→謝罪と優しさ」というサイクルが繰り返されることで、被害者は関係から離れにくくなっていくのです。
怖い思いをしたはずなのに、最後に優しくされることで、「やっぱりこの人は優しい」と感じてしまう。その繰り返しが、「離れなければ」という感覚を少しずつ鈍らせていきます。Aさんは、その仕組みを知らないまま、違和感よりも「優しい人」という印象を強く持つようになっていました。でも今振り返ると、それは「そう信じたかった」という気持ちだったのかもしれません。
その後、不安はありましたが、断る決定的な理由も見つからず、Aさんは彼と結婚しました。しかし、子どもが生まれてから、夫の態度はさらにひどくなっていったのです。気に入らないことがあると、夫はAさんを無視するようになりました。何を話しかけても、まるで聞こえていないかのように目の前を通り過ぎる。返事は一切ありません。もちろん目を合わせることもない。まるでAさんがそこに存在していないかのように、夫は振る舞うのです。
ある日、帰宅した夫に「ご飯できてるよ」と声をかけた時のことでした。夫はキッチンに来ると冷蔵庫を開け、「何も食べるものがない」と言い、そのままコンビニへ出かけて行ったのです。テーブルの上には、作りたての料理が並んでいるにもかかわらず、です。翌日、Aさんは「これなら絶対に伝わるはず」と思い、手書きのお品書きを夕食と一緒に置きました。
今日のメニュー、作った時間、冷蔵庫に入っている副菜のことまで、丁寧に書き添えました。それでも、夫は何事もなかったかのように無視を続けたのです。無視は、3日、4日と続くことも珍しくありませんでした。その間、Aさんの頭の中は、いつも夫のことでいっぱいでした。
「何がいけなかったのだろう」「どうすれば夫の機嫌は直るのだろう」そんなことばかりを考え続け、自分の辛さや、自分自身の気持ちを考える余裕は、もうどこにもなくなっていました。そんなある夜、5歳の息子が、そっとAさんにこう言いました。
「パパは、ママのこと見えてないの? 変じゃない?」
Aさんは、とっさに言葉を返すことができませんでした。
「そんなことないよ」とも言えなかった。嘘をつけなかったのです。
「……そうだね、変だね」
そう返すのが、精一杯でした。
本編では、結婚前から感じていた違和感を「気のせい」と打ち消し続けた結果、夫の無視や人格否定に苦しめられていったAさんのお話をお届けしました。
▶▶異常さを増す夫の支配。「夫がいないと生きていけない」と思わされていた私が、息子の「ある言葉」で離婚を決意した日
では、無視だけでは終わらなかった夫の支配と、「自分がおかしいわけじゃなかった」とAさんが気づくまでの経緯についてお届けします。




