『人生劇場』直木賞作家・桜木紫乃「性愛を含めて親の生き方を肯定する」苦行を経てどんな世界が見えてくるのか | NewsCafe

『人生劇場』直木賞作家・桜木紫乃「性愛を含めて親の生き方を肯定する」苦行を経てどんな世界が見えてくるのか

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『人生劇場』直木賞作家・桜木紫乃「性愛を含めて親の生き方を肯定する」苦行を経てどんな世界が見えてくるのか

2002年に『雪虫』でオール讀物新人賞、2013年に『ホテルローヤル』で直木三十五賞を受賞した作家の桜木紫乃さん。25年3月3日発売の新刊『人生劇場』では『ラブレス』『ホテルローヤル』に続き桜木さんのルーツをより一段深く掘り下げます。

鉄鉱の町・室蘭で4人兄弟の次男に生まれた猛夫は、兄にいじめ抜かれ、両親にも冷たくあしらわれて育ちます。中学卒業後、理容師を目指して札幌に出るものの、挫折して室蘭に。常に劣等感を抱える猛夫は、いつか皆を見返してやりたいと思うようになります。妻子を持ち、理容師として独立、コンテストに挑戦し、やがてラブホテル経営へと手を伸ばす……。昭和から平成を生きる主人公のモデルは、桜木さんの実のお父様です。

『人生劇場』桜木紫乃・著 2,310円(10%税込)/徳間書店

人に笑われているからこそ、人さまを笑わずに済んでいる

――オトナサローネは40代50代働く女性に向けたメディアです。美容、ファッションなど女性誌的な話題と並行して、不倫や離婚、夫のモラハラなど、人の業ともいうべき内容を打ち明ける体験談記事にとても人気が集まります。

ようこそ、お越しくださいました(笑)。『人生劇場』も男と女が繰り広げる長い時間のお話です。父親を幼少期から掘り返したら、小説ですから虚構で本当のことがあったりなかったりしつつ、最後はこういう人になるんだなと思いました。

気づいたんですよ、あの時代は男も女も、女が生んで女が育てたんだってこと。

「桜木さんの小説に出てくる男はだらしなくて情けない」と言われ続けてきました。私はごくごく普通の男の人を描いているつもりなんですが、なぜだらしない、情けないって言われるのだろうと思っていました。『人生劇場』を書いてみて、私は男も女も、こういう生き方をする人たちが決して嫌いではないんだなって。

だいたい、「情けないだらしない」を言うのは男性編集者なんです、「桜木さんの描く男性は相変わらずですよね」。みんなきっと、自分は違うと思っているんだなあ。

私が描いているのはごくごく普通の、北海道ならば親族に必ず1人はいるような人です。特に珍しい人ではないんです。

こういうところ、あなたの中にもちょっとくらいありませんか?と思うんですね。たいがいは自分が思う自分と、人が見ている自分には乖離がある。大真面目に生きるほど滑稽と言われるのはこういうことじゃないかな。

――あなたの人生滑稽だわと言われると、ちょっとへこみそうですが。

わりと自由に生きてるんですよ、私。笑われてなんぼだと思っているし、人を笑わずに済む人生はありがたいと思ってる。人の生き方を見て、ズレたり面白いことをしてる人がいても笑わずに済んでいるのは、人に笑われている側だから。気楽ですね。

私、『人生劇場』を書いて、少しは親の生き方を肯定できた気がします。親を肯定するって、自己肯定に直結しますね。親のせいでこうなったと言っている限りは、子どもの仕事はなかなか終わらない。子どもの仕事って、親の人生を肯定することだし、その上でひとりで歩く道を見つけるってことだから。

親が生き方を教えようと思うと、いいことないですね。子どもたちには、生き方は尊敬する他人さまから学んでくれと言っています。生みの親が教えられることって、たぶん死に方だけだと思うんですよね。

「親の生き方を肯定する」。この苦行を経て、どんな世界が見えてくるのか

――実在のお父様と、作中のお父様はどのくらい同じでどのくらい違うのでしょうか?

どういう道筋をたどってきたら、ああいう男になっていくかな、と娘というフィルターを取っ払って彼の人生を掘り下げていったので、たぶん父はこういう人です。どんな人にもかわいげというものがあるのだなと、書いてみて思いました。

同時に私自身の中心にも迫りました。原稿を書いているあいだの私はただの書き手なので、これはどこにでもいるような、ひとりの男の話です。なので躊躇なく親の濡れ場を書けました。もう少し小説を書き続けられるかな、と思いました。

――お父様とのご関係は、いわゆる毒親というようなものではなく、よい距離感なのでしょうか。作中では暴力も振るう人物です。

結果的にいい関係になりました。十五のときに理髪店をたたんだことで、私は将来を見失ったんです。理髪師になるつもりでいたところへいきなりラブホテル開業でした。作中の娘は、あのとき意地を張って理髪師を目指していたらどうだったかなと思いながら書いていました。作中と同じように、実際に私が結婚した人も父とはタイプが全く違っていて、父からすると実直すぎるので話して面白い男ではないんです。自分のような男を好きになってくれれば俺も面白かったろうに、なんだお前はこういうつまんない男が好きなのかと。はっきりとは言わないけれどたぶん、そんな感じ。

ですがその夫は、家族のためにちゃんと働いて、毎日家に帰ってきてくれて、女子どもに手を上げない。途中で女房が小説を書くようになっちゃっても何も言わない人。

――お父様は『ホテルローヤル』ではラブホテルを作る看板屋の男性として登場しますね? 実際は床屋さんです。

いろいろな角度から書いてみてやっと『人生劇場』に到達できたような。今までは周囲の目を通してしか父を描いていなかったんです。『ラブレス』という物語もまた、北海道ならどこにでもいるような地味な女の一生を描いたのですが、それは母方の話でした。60歳になって父方をベースにしたことで、書き手としてくるりと円を描いた感じがしています。

――動画を拝見したのですが、いまでも1日の終わりに原稿を一太郎で原稿用紙に流し込んでいると……?

どこでその話を(笑)。はい、今も毎日、その日に自分の書いた文章を一太郎の400字詰めの原稿用紙に流し込んで確認しています。ノートパソコンでも原稿が書けるように、横書きで書く練習も始めましたが、必ず一太郎に流し込んで文章の調子を確かめてます。400字詰めの5行目の中下くらいで一段落、次も5行目の中下で終わって改行。これを繰り返してると「よし、OK」と思います。

編集者は版面を見ると調子がわかると言うけれど、私は400字詰めで見ないと文章の調子がわからないんです。仕上がりは、そんなに悪くないです。

――職人として仕上がっているんですね。一太郎という言葉を令和も6年過ぎてから聞くとは、文芸編集の皆さんは今もご愛用なのでしょうか。

いえ、開けませんって言われることも多いです(笑)。その日書いたところを全部読み直して、いまどのあたりなのか、何枚目でどのくらい進んでいればいいのか、確かめるのが1日のルーティンになってしまっていて。『人生劇場』は『アサヒ芸能』での週刊連載でしたから、90枚で1章、6回分ずつお渡ししていました。

つづき>>>「書くことがとにかく大好きでひたすら書いてきた」作家が、12年前の直木賞受賞時に言われた「衝撃的な言葉」

『人生劇場』桜木紫乃・著 2,310円(10%税込)/徳間書店

桜木紫乃(さくらぎ・しの)

1965年北海道釧路市生まれ。江別市在住。14歳の時、原田康子の「挽歌」を読んだことをきっかけに作家を志す。高校卒業後、タイピストとして裁判所の職員に。専業主婦時代に地元の同人誌「北海文学」で執筆を始め、2002年『雪虫』でオール讀物新人賞受賞。2013年『ホテルローヤル』で第149回直木賞受賞。北海道を舞台に生きる人々の性愛を描くことが多く、他にも代表作は『ラブレス』『家族じまい』など。


《OTONA SALONE》

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