50歳を過ぎて「褒められないと生きていけない」と気づいてしまった。承認欲求で「人生後半が生きづらくなる」理由は【一田憲子×大平一枝対談】 | NewsCafe

50歳を過ぎて「褒められないと生きていけない」と気づいてしまった。承認欲求で「人生後半が生きづらくなる」理由は【一田憲子×大平一枝対談】

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50歳を過ぎて「褒められないと生きていけない」と気づいてしまった。承認欲求で「人生後半が生きづらくなる」理由は【一田憲子×大平一枝対談】

「承認欲求」というと、どこか大人は無関係といった顔で、主にSNSで「いいね」をほしがる若い人の文脈で語られがちです。

しかし大人だって人間が熟しているように見えて、心の中は「褒められたい」が渦巻いている人は案外多い。いつだって「いいね」「すごいね」っていう言葉を待っている、会社でも家庭でも友人の間でも。と、他人事のように書いていますが、この記事を担当している47歳編集部Tもその一人。常に「褒められたい」マインドで馬車馬のように働き、その欲が強すぎるがあまり、生活を疎かにして体調を崩したことも。

休日に立ち寄ったブックフェスで、「生きづらさ」をテーマに選書された一角に、一田憲子さんのエッセイ「褒められなくても生きられるようになりましょう」を見つけました。(恥ずかしくて誰にも話したことなかったけど)自分だけじゃなかったんだ、と嬉しくなり、自分のための本だと思わず手に取りました。

そして今年のとある日、西荻窪にある今野書店にて、「褒められなくても生きられるようになりましょう」の刊行を記念したトークイベントが開催。会場には30名のお客様が集まり、さらにオンラインでも多くの方がリアルタイムで視聴するなか、一田さんと、スペシャルゲストのエッセイスト・大平一枝さんとのトークセッションが繰り広げられました。

チケットは早々に完売。それだけ多くの人が、この「承認欲求」というテーマに、自分自身のこととして向き合っている(もしくは見て見ぬふりをしている)ということかもしれません。

人生の折り返し地点にいるオトナサローネの読者世代。半生を振り返って、どこか「生きづらさ」を感じていたら、承認欲求に振り回されて不幸の入口にいる可能性も。その「褒められたい」という気持ちを少しだけ手放すだけで、人生後半がぐっと楽になるとしたら、その方法を知りたいと思いませんか。

同じ昭和39年生まれ、ともにライターとして30年以上のキャリアを持ち、同じ時代を走り続けてきた二人。共通して「私なんか病」を抱えながら、それでも書き続け、あるとき気づいた「褒められなくても生きられる自分」へ変わるための試行錯誤とそのホンネが、会場に集まった同世代女性の共感を呼びました。

▶承認欲求が強いと人生後半が苦しくなる

「褒められないと生きていけない」。その苦しさに気づいたのは50歳を過ぎてから

大平一枝さん(以下、大平):一田さんの著書「褒められなくても生きられるようになりましょう」は、発売されてすぐに自分で買って読んでいたんですが、よくここまで自己開示したな、という驚きがあって。同業者として、その心の開き方にものすごく心打たれて、その感動が今もずっとあります。

一田憲子さん(以下、一田): ありがとうございます。私はとにかく褒められることが「大好物」なんですよ。褒められないとこの世に生きている価値がないみたいな気持ちになっちゃって(笑)。出版したら売れて評価を得られなくちゃ嫌だし、トークイベントを開催したら満席にならなくちゃ嫌だし。そういうふうに褒められることを求めすぎちゃうと、それを前提に生きているから、だんだん苦しくなってくるんですよね。

大平: いつ頃から苦しいって意識しましたか?

一田: 若い頃はイケイケゴーゴーで、「褒められるぞ!」と頑張っているんだけど、苦しいと感じる暇もない。でも50歳過ぎぐらいから、割と自分を客観的に見られるようになってきて、「あれ、褒められなくちゃ生きていけない人になってるかも」と。「褒められることに囚われているのって実は苦しい」「手放したほうが楽なのかも」みたいな考えが降ってきた感じなんですよ。だけど、手放そうと思っても簡単に手放せるわけじゃなくて。

大平: 分かります。私もね、褒められるのは大好物。自己評価が低くて、すぐ「こう思われたんじゃないか」「言いすぎたんじゃないか」って、更年期とも重なって、振り返って後悔ばかりしてるみたいな時期がありました。そんなふうには見えないってよく言われるんですけど。

一田: まったくそうは見えない! 「私なんか病」、私もめっちゃあります。

▶「褒められたい」気持ちは邪魔だった

「褒められたい」気持ちは邪魔? 人生後半に気づいた「別の目盛り」を持つべき理由

大平: この本を書いたきっかけは? 企画として温めていたのか、それとも「今だったらこれが書ける」と思って走り出したのか。

一田: 実は、これを書いたのが還暦を迎えたちょっとあとだったんです。還暦ってよく「一巡回って初めに戻る」と言うじゃないですか。そのときに、今まで必死に仕事を頑張ってきで、暮らし周りのことをいっぱい書いてきたけれど、暮らし自体が仕事のためになっているなって気づいたんです。

家の器をそろえるにしても、「写真に撮ったら、かっこよさそう」みたいな感じで選んだり。一抹の「仕事でどう使えるか」みたいな思いを抱えながら暮らしてきた。それが一巡回ってゼロに戻ったときに、もう一回、自分の暮らしを「仕事モードじゃない生活者の目」で再構築したくなったんですよね。

そのときに邪魔になったのが、「褒められなくちゃいけない」という気持ちで。自分の暮らしを組み立てるとき、私がおいしいと思えばいいし、私がこの器がいいって思えればいいわけじゃない。なのに誰がどう思うか、が気になっている。すべての暮らしの目盛りが「褒められたい」になってるから、何か変えたいみたいな気持ちが出てきて。

大平: なるほど。もう一個違う物差しが出てきた感じですね。

一田: そうなんです。そして、気づいたのが、「褒められなくても生きられる自分じゃないと、人生後半がめちゃくちゃ苦しくなるぞ」ってことだったんです。この先、どんどん褒めてもらえなくなるじゃないですか。仕事だって、年を取るほど少なくなるだろうし、その分評価も減っていく。褒められることが幸せのマックスだったら、私の幸せはしぼんでいくしかないのか、と。だから、「それ以外に何か掴んでおかなくちゃ」って思ったんですよ。

大平: 価値判断を他者に委ねているということですよね。

一田: 褒められるかどうかは自分でコントロールできないですしね。私は本を書くとき、結論が分かってから書くことってないんですよ。「褒められない代わりに私が手にできる目盛りってなんだろう」「私はなんで褒められないと気が済まないんだろう」と、書きながら毎日分析していく感じでした。

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《OTONA SALONE》

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