
2023年末、25年ぶりに実施された『性機能障害の全国実態調査に関する報告』が静かな波紋を広げました。夫婦間の性交頻度が1カ月に1回未満である「セックスレス」の定義に当てはまる夫婦は、実に全体の7割を超えていたのです。少子化、無子化と語られる日本社会の根底に、夫婦が触れ合わなくなった現実が横たわっている——そのことを、この数字は冷たく告げています。
【無子社会を考える #35】
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※写真はイメージです
求める側に固定されるという「静かな消耗」
レスをめぐる悩みは、長く「拒まれる側」の物語として語られてきました。誘っても応じてもらえない、寝室から追い出される、男として見られていない——。けれどその構図をそっと裏返したところに、ほとんど語られてこなかったもう一つの消耗があります。
「求める側」であり続けることのしんどさです。
ヒロユキさん(仮名・47歳)は結婚して十数年、夫婦生活を切り出す役割をずっと一人で担ってきました。断られても空気が重くなっても、また日を置いて誘う。そのくり返しの果てに彼は家庭の外に答えを求め、そして遠回りをして、もう一度妻のもとへ帰ってきました。男性側の視点でレスを抱えた夫婦を取材するなかで出会った、その声に耳を傾けました。
「誘うのは、いつも自分のほうだった」
ヒロユキさんと奥さまは職場の先輩後輩として知り合い、3年の交際を経て結婚しました。穏やかでよく気のつく女性。喧嘩らしい喧嘩をした記憶もほとんどない、と本人は振り返ります。傍から見れば波風のない円満な家庭そのものでした。
異変というほどの異変はなかった。だからこそヒロユキさんは長いあいだ、自分たちの関係を「問題」として認識できずにいました。
「いつからレスになったのかはっきりとは言えないんです。子どもが生まれて生活が回りはじめて、気づいたら間隔が空いていた。最初は『そういう時期だよな』って。誰だって子育てで忙しければそうなる。そう思って僕のほうから誘って、たまに応じてもらって……というのを続けていました」
問題は、その「僕のほうから」が一度も交代しなかったことでした。
「ふり返ってみると、妻から誘われたことって本当に一度もないんですよ。最初からずっと誘うのは僕の役割だった。それが当たり前すぎて長いこと疑問にも思わなかったけれど、その当たり前があとからじわじわ効いてくるんです」
求める側に固定されること。応じる・応じないの決定権がつねに相手の側にあること。その非対称が、年月をかけてヒロユキさんの心を静かに削っていきました。
▶妻の「また今度ね」に、傷つかなくなった日
「また今度ね」に、傷つかなくなった日
ヒロユキさんが奥さまを誘うとき、返ってくる言葉はいつも決まっていました。
「また今度ね」「ごめん、今日はちょっと」。
はっきりと拒まれるわけではない。怒られるわけでもない。やわらかく、けれど確実にその日の誘いは流されていきます。最初の数年はそのたびに落ち込んだといいます。自分の何がいけないのか、においか、しつこさか、それとも今夜のタイミングだったのか——。考えても答えは出ず、それでもまた数日後には勇気を出して声をかける。
「断られるのって回数を重ねても慣れないんです。むしろじわじわ効いてくる。ボディブローみたいに。しかも相手は悪気がないんですよ。本当に疲れてるだけかもしれないし、こっちを傷つけようなんてこれっぽっちも思ってない。だから余計に怒ることもできない」
誰も悪くない。妻が冷たいわけでもなければ自分が何かをしたわけでもない。それなのに夫婦の触れ合いだけがゆっくりと遠ざかっていく。理由のない後退は理由のある対立よりもときに人を孤独にします。そして転機は、自分でもよく覚えていないある夜のことでした。いつものように「また今度ね」と言われたとき、ヒロユキさんはもう何も感じなかったのです。
「あ、傷つかなくなったな、とそのとき思いました。普通なら楽になったと喜ぶところなのかもしれないけれど、僕はぞっとしたんです。ああ、ついに期待することをやめたんだなって」
傷つかなくなるというのは心が強くなったからではない。期待の回路を自分で閉じてしまったからでした。誘うこと、求めること、応じてもらえると信じること——その一連の感情を、ヒロユキさんはいつのまにか手放していたのです。
「無感覚になるって平和じゃないんですよ。むしろ一番危ない。傷ついてるうちは、まだ関係に期待してるってことですから。何も感じなくなったら、それはもう心のどこかで終わらせにかかってるってことなんだと思います」
「好きだけど、抱けない」という感情の乖離
ここでヒロユキさんの話には、レスの当事者が口を揃えて言いよどむある本音が挟まります。奥さまへの気持ちが消えたわけではないということです。
「妻のことは人間として本当に尊敬してるんです。家族として大事だし、一緒にいると安心する。人としては間違いなく好きなんですよ。ただ——それと女性として求める気持ちとが、いつのまにか別々のものになっていた。同じ人にその両方を感じるのがだんだん難しくなっていったんです」
嫌いになったのではない。むしろ好きなのに、身体的な欲望だけがそこに向かわない。尊敬と安心はある。けれど恋愛のときめきや性的な高鳴りは、もうそこには芽生えない。多くの長期的な関係が静かに抱えるこの乖離を、ヒロユキさんもまた持て余していました。
「これ、妻には絶対言えないですよ。『人としては好きだけど、女としては見られない』なんて一番残酷な言葉じゃないですか。だから飲み込むしかない。飲み込んで、飲み込んで——気づいたらその行き場のない気持ちが、家の外を向いていたんです」
誘っては流され、傷つき、やがて傷つくことすらやめた末に、彼の中で行き場を失っていた感情はあるとき家庭の外へと流れ出しました。
ここまでは、夫婦生活を一人で求め続ける中で「期待することを諦めてしまった」夫の葛藤についてお伝えしました。続く【後編】では、家庭の外に居場所を求めてしまった男性の現実と、そこから見えた「本当に向き合うべき相手」についての葛藤をお届けします。
>>つづき【後編】を読む
『「妻に、もう一度求めてほしかった」外に逃げた47歳夫の告白。痛烈な遠回りを経てたどり着いた「10数年目の本音」』




