
こんにちは。神奈川県在住、フリーライターの小林真由美です。前回は、父がすい臓がんのため亡くなってから半年が過ぎ、急に訪れた喪失感についてお伝えしました。今回は、悲しみが続く中「やってよかったこと」「難しかったこと」などをお話ししたいと思います。
【アラフィフライターの介護体験記】#34
◀前回の記事◀◀「すい臓がんで余命3ヶ月」と宣告された父との別れは、突然だった。遺族に、悲しみより先に押し寄せた「意外な感情」とは▶「桜」が辛く悲しい気持ちを呼び起こした桜が綺麗に思えない……。胸が押しつぶされるような感覚も。悲しみの中で過ごした春

「すい臓がんで余命3ヶ月」その言葉を医師から聞いた約5ヶ月後、父はこの世を去ります。「沈黙の臓器」と言われている「すい臓」。ゆえに、すい臓がんは初期段階で症状が現れることはほぼないため、父も黄疸が出たタイミングで発覚し、すでにステージ4の状態でした。
そのときにがんは広がっていて、主要な血管や神経に浸潤しているため、大きな手術は難しい。年齢的に手術や化学療法は体の負担になることから、「何もしない」という選択肢もある。そう医師から聞いた父は「抗がん剤治療はせず、住み慣れた家で、このまま穏やかな時間を過ごす」という道を選びます。
当時は、「なんとか治療をする道はないものか?」と諦められなかった私。しかし、最期まで痛みを伴うこともなく苦しまずに亡くなった父を見て、「父の想いを尊重してよかった……」と心から安堵したのです。
ところが亡くなって半年が過ぎた辺りから、それまで以上に父のことを考える時間が多くなりました。さらに、急に悲しみに襲われ、胸がギュッと押しつぶされるような感覚も。
父が亡くなった当日も葬儀の日も、ここまで辛くなることはなかった。私自身がその感情に戸惑いながら、気付けば寒さは徐々に和らいで、暖かい日差しを感じる春になりました。
1年を通して最も好きな春。これまでなら当たり前のように外に出て春を楽しんでいたけれど、色づき始めた桜を見ても「美しい」と思えず、何だか自分の心もぼんやりしています。
それよりも、「1年前に桜を見たのは、『抗がん剤治療はしない』と医師に伝えるために向かうタクシーの中からだったよな……」などと、辛く悲しい気持ちになっていたのです。
▶遺品整理、まだ捨てられない!「よかれと思って」始めた遺品整理で母と私が直面した現実

そんな中、母から「もう(亡くなって)半年以上になるし、少しずつ片付けようと思うんだけど」と父の遺品整理をする提案がありました。母としては、「自分が動けるうちに、やっておきたい」とのこと。確かに私も父との別れを経験し、改めて終活の重要性を実感したところだったので、さっそく進めることにしました。
母は父の衣類や持ち物を中心に、私は病院関係や所属していたサークル活動の書類などを整理します。最初に手に取ったのは、がんの発覚後、数回にわたり行っていた血液検査の結果。毎回、祈るようにこの数値を見ていたな……などと当時の記憶がよみがえり、胸がいっぱいに。
ほかにも抗がん剤治療の資料を目にすると、父に「やってみようよ」と説得し続けた自分の姿を思い出し、「あの時間、もっと楽しい話をすればよかった」といった後悔も。ひとまず病院関係のものはいったん段ボールにまとめ、そこで終わりにしました。
次にサークル活動の書類を見てみると、そこには父の手書きのメモやミーティングの議事録などが綺麗に保存され、几帳面な父らしさが詰まっています。どんな書類を目にしても父のことが思い出され、あれこれ考えてしまい、一向に手が進みません。
どうやらそれは母も同じだったようで、「必要なものと不要なものに分けようと思ったけど、いろいろ思い出しちゃって。これじゃあ、全然できないわ」と父が好きだったシャツを抱えたまま、苦しそうな表情を浮かべています。
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