
頑張ったのに評価されなかったり、逆に褒められた一言に一喜一憂してしまったり──そんな経験はありませんか。
「信じてきた価値が、ある日突然ひっくり返ることは珍しくない」とエッセイストの一田憲子氏は語ります。
本記事では、一田氏が60歳を過ぎ、「大人の承認欲求」と向き合う方法を綴った著書から、評価に振り回されず自分の軸で生きるための考え方を紹介します。
※本記事は書籍『褒められなくても、生きられるようになりましょう』(一田憲子:著/主婦の友社)から一部抜粋・編集したものです
「ひっくり返らない価値はない」と知っておく
2025年に放送された朝ドラ『あんぱん』は「決してひっくり返らない正義」を見つけるまでの、やなせたかしさんをモデルにした柳井嵩と、妻・のぶの物語でした。
のぶさんは、戦時中に小学校の教員を務め、子どもたちに「お国の役に立ちましょう」と教えました。戦争が終わったあと、「私は間違えていた」と教員を辞めます。嵩さんは戦争に行き、何も食べるものがない中で、「飢え」のつらさを思い知り、戦って勝つヒーローではなく、お腹がすいた人に自分の顔を分け与える『アンパンマン』を描きました。
「これが正義」と信じ込むと、「それ以外」が見えなくなります。この『あんぱん』ほど大きな「逆転」ではなくても、私たちの身の回りには、信じていたことが、他人から見れば実は大したことがなかった……ということが多々あります。
たとえば……。私は器が大好きで、作家もののお皿をコツコツと買い集めてきたけれど、興味がない人にとっては、「器にそんなお金を使うなんて信じられない!」となります。
あるとき、実家に姪っ子が遊びに来たときに、ボーナスで買ったという「カルティエ」の腕時計と、「エルメス」の「ピコタン」という名前のバッグを見せてくれました。どちらも数十万円という高級品。20代でこの高級品を買うという度胸に「ひょえ〜」と驚きました。
ハイブランドのバッグや時計を「うわ〜、いいなあ〜」と羨む人もいれば、「私だったら、そこにお金は使わない」と一歩引いて見る人もいるかもしれません。世の中の「価値」は、見方によってくるりとひっくり返る……。このことを知っておけば「褒められる」という呪縛から解き放たれるかもしれないなあと思います。
30代のころ、自分の時間のほぼすべてを費やしていた月刊誌の仕事がありました。企画からデザイン出し、原稿執筆、校正までを任されて、その出版社の社員のように毎日編集部に通い、朝から深夜までそこで仕事をしていました。
編集長から「この企画はおもしろくない」とダメ出しをされたら落ちこんで、「この特集はよかった」と褒められたら大喜び。なのに……。ある日突然その雑誌は休刊になりました。あんなにすべてを捧げて頑張ってきたというのに。しばらくは、呆然として泣き暮らしたのを覚えています。
上司に認められるように、と頑張っても、その上司が異動になれば、今までの努力は誰も知らなくなります。自分が関わった企画の評判が上々だったとしても、周囲の人は3か月も経てば、その事実をすっかり忘れてしまいます。つまり「あの人に褒めてもらうために」と頑張ったとしても、その人はやがていなくなり、私の人生すべてに責任をとってくれるわけではないのです。
こんな経験を繰り返していくと、少しずつ「褒められる」ということが、とても不確かなものだとわかってきます。私はいったい「誰に」褒められたかったのだろう? それによって得たものはなんだったんだろう? もしかしたら、「褒められる」とは、一瞬で散ってしまう打ち上げ花火のように儚いものなのかもしれません。
『あんぱん』で、もうひとつ印象的なシーンがありました。『アンパンマン』のミュージカルを企画したものの、チケットはちっとも売れない。当日も客席には10名ほどのお客さんしかいません。でも嵩さんはこう言います。「この10人に喜んでもらえるように、頑張りましょう」。結局その後、開演間際に続々とお客さんがやってきて満席になったのですが。
人は誰でも、できるだけ、大きな評価を!と願いがちです。私も本の売り上げ部数が少ないとがっかりします。でも……。企画、編集を手がける『暮らしのおへそ』というムックが、2025年で20周年を迎えました。創刊号から買ってくださっている方から、こんなお手紙をいただきました。
「まだ自分のために自由にお金が使えないころ、雑誌は立ち読みするのが日常でした。ところが『暮らしのおへそ』は立ち読みだけでは満足できず、懸賞で当てた図書カードで、自分のために雑誌を買いました。それが私の『おへそ』デビュー。(中略)これから歳を重ねて生活も変化し、また自分のためにお金を使えなくなるときが来るかもしれないけど、『おへそ』だけは買います!」
その人の人生の中に一冊の雑誌が深く迎え入れられていることに、手を合わせて感謝したくなりました。「褒められる」は一瞬で散るけれど、「愛される」事実は決して消えない……。私が欲しいのはどっち?とあらためて考えたくなりました。

「小指に指輪をすると、幸運が逃げていかないんだって」と聞いてからピンキーリングを愛用。ガーネットのリングは竹俣勇壱さん作。(撮影/馬場わかな)
ここまでの記事では、「評価に振り回されず自分の軸で生きるための考え方」についてご紹介しました。つづく関連記事では、「褒められなくても心穏やかに生きるための視点」をお届けします。
つづき>>60代、やっと「大人の承認欲求」と向き合うことができた。「褒められなくても平気」になった理由【エッセイスト・一田憲子氏が語る】
■著者略歴:一田憲子(イチダ・ノリコ)
1964年京都府生まれ。編集者・ライター。OL、編集プロダクション勤務を経てフリーライターとして独立し、女性向け雑誌・書籍などの取材・執筆で活躍。暮らし、おしゃれ、仕事、人間関係、年齢の重ね方などについての、日常の中の揺らぎや気づきを丁寧にすくい取る文章で、幅広い共感を集める。『暮らしのおへそ』『大人になったら、着たい服』(ともに主婦と生活社)を立ち上げ、イベントも開催。『最後の答えは、きっと暮らしの中にある。』(内外出版社)、『小さなエンジンで暮らしてみたら』(大和書房)など、著書多数。自身のWebマガジン『外の音、内の香』では、さまざまなコンテンツを配信。ライター塾を主宰し、「書く暮らし」の楽しみを伝えている。




