「学校に行ってみようかな」8年間不登校だった娘が、4ヶ月でバイト、英検に動き出した。その時、母が実践していた理論とは | NewsCafe

「学校に行ってみようかな」8年間不登校だった娘が、4ヶ月でバイト、英検に動き出した。その時、母が実践していた理論とは

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「学校に行ってみようかな」8年間不登校だった娘が、4ヶ月でバイト、英検に動き出した。その時、母が実践していた理論とは

こんにちは。「1人も見捨てない子育て手札の提案者」として年間数百件以上の子育て相談に乗っているきのぴー先生です。児童自立支援施設に併設された小中学校に勤務し、生徒指導主任を務めました。愛情や正論だけではなかなかうまくいかない子どもとの関わり。この連載では、理想論や正論だけでは届かないところにある、泥くさい現場で培ってきた子どもとの関わり方のヒントをお届けしていきます。

【きのぴー先生の子育て手札 #1】

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自ら動く子どもに変わる! 目的を持った見守りのコツ=バンジージャンプ理論とは?

施設の子どもたちとの関わりを経て編み出した「目的を持った見守り」のコツを、バンジージャンプ理論と名付けてみなさんにお話ししています。今回はその方法についてお伝えいたします。

1)子どもは「飛びたくない」のではない

高い場所に立ち、下を見下ろして動けなくなる人を想像してみてください。その人は、意志が弱いのでしょうか。怠けているのでしょうか。

おそらく違います。ただ、「怖い」だけです。不登校や行きしぶり、反抗や強いこだわりも、多くの場合、本質は同じです。親が安心安全な基地として機能していないから学校に行けないんだ!なんて専門家の話もよくありますが、そこもひっくるめて「怖い」わけです。その他にも失敗、視線、会話、疲労、期待、比較、評価。怖さの正体は子によって違います。その子なりの理由と時間があります。

以上のように、親が「理由を特定して解決する」より先に、「怖さがある状態で押されること自体」が怖いと理解していくことが大切になります。

2)私たち大人がやりがちな二つの極端

子どもが飛べずに立ち止まっているとき、大人は大きく二つの行動を取りがちです。

一つは、そばに立って背中を押すこと。「大丈夫」「行ける」「やってみなさい」…確かに、この方法で一時的に動く子もいます。けれど、準備が整わないまま押された経験は、子どもの脳に、記憶にこう刻みこむことがあります。「この人は、私の怖さを見てくれない人だ」と。ともすると、この子はもっとかたくなに、怖がらなければいけない。わかってもらわないと。そういう頭でいっぱいになってしまい、そもそもバンジーを飛ぶこと、学校に行くことに対して「考える」ということがしにくくなってしまいます。

もう一つは、「じゃあ、好きにしなさい」と完全に手を引くこと。こちらは一見よさそうに見えます。お医者さんのいう見守る、に近い感じがあります。しかしこれも、自由を与えているようでいて、子どもには「期待されていない」「見捨てられた」という感覚に変わることもあります。つまりこの押すと引くの「バランス」が鍵となるわけです。

▶「見守る」際、具体的な距離の取り方は?

3)3メートル離れた「ベンチに座る距離」

バンジージャンプ理論が示すのは、この二つの中間です。飛び場のすぐそばではなく、少し離れた場所にあるベンチに座るイメージです。押さない。でも、いなくならない。少し離れたベンチで本でも読みながらゆっくりと。

「ここで待っているよ」「決めるのはあなたでいいんだよ」この距離感は、2つのメッセージを同時に届けます。

・飛ぶかどうかは、自分で決めていい

・でも、あなたを見捨ててはいない

この二つが揃ったとき、子どもの中に初めて考える余白が生まれます。

もちろん皆さんの心の中には、「そんな余裕はない!」「それで待ってて本当によくなるのか!?」「うちの子は例外かもしれない!」と色々なモヤモヤが胸を駆け巡ることでしょう。なぜなら私も同じ想いが胸にかけ巡っていたからです。

そのモヤモヤの取り方はまた別話で詳しくお話ししますが、ひと言で答えるとしたら「やった人にしか見えない味方の世界」というものがあるので、とにかく実践を重ねることが大切になります。

4)「待つ」とは、時間ではなく覚悟のこと

バンジージャンプ理論で、もっとも誤解されやすいのが「待つ」という行為です。待つ、とは、何もしないことではありません。そして、「いつまで待てばいいのか」という問題でもありません。待つとは、相手のタイミングを尊重すると決める覚悟です。ここで、多くの人がつまずきます。

・つい様子をうかがってしまう
・ため息や沈黙に、期待がにじむ
・「まだ?」と、思わず言ってしまう
・正解に導こうとしてしまう

こうした微細なサインは、相手にすぐに伝わります。「結局、あなたのタイミングで動いてほしいのね」、そう感じた瞬間、怖さはまた元に戻ってしまうわけです。ここが一番難しく、諦めずに粘り強く向き合う部分になります。

5)ベンチに座りながら、親がすべきこととは?

バンジージャンプ理論は、放置のすすめではありません。ベンチに座りながら、大人にはやるべきことがあります。

・押さない(安心安全の獲得)
・いなくならない(見離さない姿勢)
・決める余白を渡す(主体性を返す)

具体的には、答えを急がない。結論を用意しない。小さな選択を相手に返していく。という流れになります。「どうする?」ではなく、「必要なら声かけて」と伝える。この声かけの中身は、相手を信じるというより、失敗しても成功しても全てを引き受ける姿勢を保ち続ける、という行為そのものになるわけです。

▶「学校に行ってみようかな」母が変わったら、子どもが変わった

バンジージャンプ理論を実践。4ヶ月後、Aさんが「自分で決める」を取り戻した

当然すぐにお母さんも待てるようになったわけではありません。最初は何度も声をかけてしまい、適切な距離感もわかりませんでした。迷う度に、私の発信を毎日聞き続け、心を必死に整えていたとお話していました。とくに気をつけたのは、これまでなら思わず口にしていた場面で、一度立ち止まることを意識していたといいます。

たとえば、

・自室から出てきたとき「学校どうするの?」と先に聞くのをやめたり、さらには圧のない表情や温度感を意識して声をかけるようにしたこと

・何か言いたくなったときは「なんのためにその言葉を発したいのか?」を自問自答し、自分の不安や恐怖による先回りの声かけではないか考えるようにしたこと

・不安になったときは、子どもに向かう代わりにノートに気持ちを書き出すようにしたこと

こうした小さな実践を積み重ねていったそうです。

すると2ヶ月経ったあたりから、明らかに子どもが自室から出てくる回数が増えてきました。そして会話が増えていきました。徐々に感じる成功体験を、しっかりとお母さん自身が噛み締めることで、待てる回数が増えていったそうです。

このバンジージャンプ理論を意識するなかで最初に変わったのは、Aさんの「迷い方」でした。以前は、迷う前に会話をすると固まっていたり、自室に引きこもっていたり。それが徐々に、自分の考えを話し始め、考える時間が生まれていきました。

すると3ヶ月経ったある日、Aさんがぽつりと「学校、少し行ってみようかな」と言いました。続いて「バイトも、やってみたい」「英検、受けてみようかな」と信じられない言葉の数々が飛び出してくるようになりました。どれも、お母さんが誘導したものではありません。子どもが「自分の言葉」で言ったことでした。

ここからがさらに大変な日々の始まりでした。上記のような前向きな言葉自体は、不登校の子どもたちはよく話すことがあります。けれど実際にそれを行動に移していくには、様々な障壁があります。今まで動かすことのなかった体力や精神的エネルギーの消費や他者との比較、動き出すことへの恐怖など。あげればキリがありません。

しかし、子どもが揺れても、余裕感を持ってお母さんが構えることで、子どもは崩れかけながらも何度も立ち上がることができました。お母さんにも葛藤はたくさんありましたが、今までここで余計なアドバイスやよかれと思った思考の押し付けをしてきたことを自覚し、程よい距離感で子どもの求めることだけを意識し、上機嫌でいることを徹底しました。そしてつまづきながらも実際に学校へ通い、文化祭に参加したり、バイトを始めたりするところまで辿り着くことができました。

「バンジージャンプ理論を実践し始めてから、4ヶ月。止まっていた8年間の時が動き出しました。もちろん、今でも揺れはあります。行けない日もありますし、私もまた元に戻るのではないかと怖くなる日もあります。けれど、その度に支えていけばいい、味方でいることが大事なんだと、気づくことができました。4ヶ月で起きた一番の変化は、通学という結果より、決める権利を本人に委ねられるようになったことだと思います」と、お母さんは言います。

▶すべてに人間関係に通じること

 親子を超えて、すべての大人の関係に通じること

この話は、親子だけのものではありません。大人同士の関係でも、同じことが起きています。パートナー、部下、同僚、友人。そして、時には自分自身との関係でも。

私たちは、相手を思うほど、動かしたくなります。よくなってほしくて、つい背中を押してしまう。けれど、その瞬間に、信頼が少し削れてしまうことがあります。反対に、疲れて距離を取りすぎると、相手は「見捨てられた」と感じてしまうことも。

押すでもなく、離れるでもない。その間にあるのが「ベンチに座る距離」です。飛ぶかどうかは、相手の領域。ベンチに座り続けるかどうかは、自分の領域。正しさで人を動かそうとしないこと。関係性が壊れない状態を、保ち続けること。簡単そうに見えてどれだけ儚くて尊くて難しい行為であるか。それだけで、人は、自分のタイミングで動き出します。

この記事で皆さんの「見守る」ことへの解像度が高まり、小さな気づきを残せましたら幸いです。今日はここまで。ありがとうございました。

今回の子育て手札

「目的を持った見守り」

「見守る」とは、何もしないことではない。相手のタイミングを尊重すること、覚悟を決め続け「目的をもった見守り」をすること。

▶▶きのぴー先生とは?

「発達障害、グレーゾーン、不登校、非行など、さまざまな背景を持つ子どもたちと向き合う中で生まれた「子育ての技術」。きのぴー先生の新連載が始まります」

◆プロフィール

1人も見捨てない子育て手札の提案者

きのぴー先生

公立小中学校にて10年間勤務。うち3年間を児童自立支援施設に併設された小中学校で勤務し、生徒指導主任を務める。さまざまな背景をもつ子どもたちと向き合う中で、子どもへの関わり方を技術として体系化。現在は教職を退き、1人も見捨てない子育て手札の提案者として、無料で技術を公開し続けている。現在は講演活動や個別支援も行いながら、感覚やセンスではなく、誰にでもできる関わり方を広めるべく、教育・福祉・家庭の垣根を超えて活動を展開中。Instagram(https://www.instagram.com/kinoppi30)でも子育て技術を発信中。

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