
最近、階段の上り下りでふとした瞬間に膝の違和感を感じたり、「昔はもっと軽やかに動けたのに」なんてため息をつくことはありませんか? 健康のためにとウォーキングを始めても、翌日にどっと疲れが残ってしまう……。
「もう若くないんだから、無理は禁物」と守りに入ってしまうのが普通かもしれません。でも、世の中にはあえて自分の限界に挑むことで、新しい景色を見ようとする人がいます。
今回ご紹介するのは、なんと63歳にして、何十キロもの荷物を背負って山を登る「歩荷(ボッカ)」のアルバイトに挑戦した男性の実録エピソード。想像しただけで膝が笑ってしまいそうな過酷な体験ですが、そこには単なる苦労話以上の、ある種の清々しさと発見がありました。
自分の体力の限界を知るための、まさに人生の「荒療治」。ライター・神舘和典氏がノンフィクションで綴る“体験型職業ガイド”から、「歩荷」のエピソードをご紹介します。
※本記事は書籍『60歳からのハローワーク』(神舘和典:著/飛鳥新社)から一部抜粋・編集したものです
お腹はキュルキュル。脚はガタガタ
胃の内容物が逆流してくるのを感じた。慌てて口に手を当てる。吹き出しそうになった未消化の食べ物を飲み込む。口腔内に苦みが残り、のどが焼けるように痛かった。山の中腹にある駐車場を出発して、まだ100メートルくらいしか歩いていない。あまりにも情けない。
「荷物、私が替わりましょう」
前を行くサカキバラさん(仮名・以下同)が僕の背から25キロの荷を下ろすのを手伝ってくれた。彼女は別の本の取材でお世話になったひとまわり若い公務員の女性だ。担げない荷を年下の女性に運んでもらうことになるとは。自分にがっかりしながらも、僕はかんたんにプライドを捨て荷を下ろした。とはいえ、代わりの負荷はきっちり与えられた。
「スイカだけお願いしていいですか?」
サカキバラさんが僕のリュックにスイカ玉を入れる。そして、彼女は25キロの荷を軽々と背負った。僕の呼吸はまだ整わない。やがてお腹がキュルキュルいいだした。荷が腹筋を刺激したのだろう。便意を覚えた。
「トイレに行っていいですか?」
サカキバラさんに断って駐車場のトイレに戻る。まだちょっとしか歩いていないので、駐車場はすぐ下だ。トイレで腸を空っぽにすると、身体が楽になった。すっきりしたお腹で再出発だ。
ただし、まだ呼吸は整わない。脚の筋肉はガタガタ震えている。山に入りたくない。入ったらしばらくは歩かなくてはならない。でも、後には引けない。再び歩き始めてほんの5分ほどで、ここに来たことを後悔した。食糧や燃料をはじめ荷を背負って山越えする歩荷(ぼっか)がこれほどきつい仕事とは。途方に暮れた。
リュックを買い、登山靴を買い、準備万端のはずだった
「山小屋に食糧を運んで、1泊して働く仕事ならご紹介できますよ」
サカキバラさんからの連絡に、僕は即答した。
「やらせてください!」
この時点では、歩荷という仕事が過酷だと思っていなかった。山に登るのは50年ぶり。中学1年生のときに一度だけ富士山に登頂した。日本には富士山よりも高い山はない。ふつうに考えたら、あれよりは厳しくはないはずと安易に考えた。それでも、用心深い性格なので、一応確認はした。
「60代の僕でもやれそうですか?」
「うちの小学生の息子でもいけました」
「息子さん、なん年生ですか?」
「3年生です」
9歳でもやれるならば自分でも大丈夫だろう。気持ちは決まった。具体的な仕事内容は、ふもとから山小屋に食糧を運ぶこと。小屋では宿泊客の食事の支度(したく)や掃除を行うこと。1泊2日で1万7000円。
山へ行くのは半世紀ぶりだから、なにも用意はない。リュックも登山靴も新しく購入。リュックは量販店で有名ブランドのものが3000円台で買えた。登山靴は、専門店ではどれも3万円以上だった。いいものは5万円以上。
「いい靴は山で歩きやすいですよ」
店員さんは5万円台の靴を勧めてくる。上手に断れず、勧められた靴を履(は)いて店内のスロープで登り道も下り道も試してみた。確かに歩きやすい。でも、5万円は高い。一度しか履かない可能性もある。再考すると言って店を出た。結局、靴はネットショップのオリジナル品を約4000円で購入。専門店で試し履きしたので、サイズはイメージできた。
山へ上がる当日、サカキバラさんとは、ふもとのスーパーの駐車場で落ち合った。お店ですでに予約してある食糧を受け取る。そのとき、彼女が追加でスイカを購入。まるごと1個。嫌な予感がした。
食糧を調達すると山の中腹にある駐車場へ。そこから山小屋までは徒歩。クルマの通れる道はない。疲労回復用に、サカキバラさんがゼリー状のアミノ酸を2つくれた。
「疲れたら飲んでください。元気になります」
ありがたく頂戴し、登山口で登山届を記入し、林の中を登って行く。この日は週末で、登山道は多くの登山客でにぎわっていた。
「コウダテさん、荷物、背負いますか?」
サカキバラさんがさわやかに聞く。
「はい、ぜひ!」
僕は荷を背に括(くく)り付ける。これが間違いだった。歩荷を甘く見ていた。重い。25キロがこんなに重いとは。それでわずか100メートルほどでギブアップしたのだった。食糧を詰めた荷を背負うと、一歩も進めない。「替わりましょう」という声に顔を上げると、サカキバラさんが心配顔でのぞき込んでいた。僕がこんなに体力がないとは思わなかったのだろう。
25キロの食糧を背負ったサカキバラさんは、山道を僕の倍のスピードでグングン進む。僕はついていかれない。この日に知ったのだが、彼女は学生時代山岳部に所属していたそうだ。それを知ってから彼女の装備を見ると、ウェアも登山靴もプロ仕様。20代のころはザイルでほぼ垂直の岩山を登っていたという。
「はあ……、サカキバラさん、はあ……、先に行っていただけますか。必ず山小屋まで追いかけていきますから」
そうお願いして、1人、道のわきの岩に腰かける。先を行くサカキバラさんの背はすぐに見えなくなった。5分ほど休憩して、僕もゆっくりと歩き始める。約1時間は上りが続くらしい。僕の脚では1時間半はかかるだろう。
リュックの中でスイカが右へゴロゴロ左へゴロゴロ
カッコ悪いけれど、何度も休憩しながら歩くことにした。そして必ず山小屋にたどり着くのだ。途中、岩に腰かけてうつむいている僕を山男や山女が憐(あわ)れみの表情で追い抜いていく。「頑張ってくださいね」と励ましの声をかけてくれる人もいる。
すれ違う人とは「こんにちは!」と挨拶を交わすのが山のマナーだ。山を愛し美しい景色を共有する者同士の証(あかし)だという。遭難対策でもある。顔を合わせて挨拶すれば、登山者はおたがいを認識する。記憶する。山ではぐれたときに、その人を記憶している登山者が多ければそれだけ発見、救助の可能性が高まる。
しかし、疲れ果てると、山の挨拶すらもうっとうしい。不謹慎だが、放っておいてほしい。気を取り直してまた歩き始める。リュックの中で、スイカ玉が右にゴロン、左にゴロンと転がる。そのたびにバランスを崩しそうになった。なぜ、山小屋にスイカが必要なのだろう?
30分ほど進むと林を抜けた。右手は崖(がけ)。谷をはさんで向こうにそびえる山の緑が輝いている。この谷にスイカをゴロゴロ転がしたらせいせいするだろう。しかし、その欲求は抑えた。
前からは次々と人が下ってくる。「こんにちは!」と声をかけてくれる。「こんにちは!」と僕もせめて大きな声で応じる。僕を抜いていくのは若い登山者だけではない。70代らしき夫婦も多い。その体力には驚愕させられる。
途中でトイレに行きたくなったらどうしよう、とずっと心配していた。頻尿だからだ。駐車場以降登山道にトイレはない。しかし、杞憂だった。尿意はまったく起こらなかった。体内の水分は全部汗になってしまう。体内におしっこになる水分は残らない。すれ違う男性登山者から不意に声をかけられた。
「こんにちは。奥の山小屋に行くかたですか?」
いたわるようなトーンだ。顔を上げる。目の前にはいかにも山に慣れたいでたちで、健康的な男性がいた。日焼けした笑顔がさわやかだ。
「はい……」
「やっぱりそうですね。先に登って行った女性から伝言があります。この山の上にある避難小屋で待っているそうです。あわてずにゆっくり登ってきてください、とのことです」
サカキバラさんからの伝言を預かってきてくれたのだ。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げた。自分がお荷物になっていることを再認識した。
「避難小屋まであと15分くらいです。ゆっくりと、頑張ってください」
「ありがとうございます」
その男性にも、サカキバラさんにも、心から感謝した。スイカを谷に転がさないでよかった。
クマのにおい!? ひとりで行くのは危険なバイト道
すれ違った男性の伝言の通り、サカキバラさんは避難小屋で待っていてくれた。
「お疲れ様です。大丈夫ですか?」
いたわりの言葉をかけてくれる。
「ありがとうございます。なんとか登ってきました。でも、先に山小屋へ行っていただいてよかったのに」
正直なところ、1人のほうが気持ちも身体も楽だ。自分のペースで進み休憩をとれる。気を遣わずにすむ。しかし、サカキバラさんは独行を否定した。
「この先、初心者が1人で歩くのは危険です。登山者が一気に減ります。すぐにまた林に入りますが、いくつか分岐点があって、方向を間違えると遭難のリスクがあります。クマの目撃情報もあります」
「えー! クマが出るんですか!」
そのときはじめて知った。
「はい。気をつけてご一緒しましょう」
この夏も何度もクマは目撃され、人身被害も起きているらしい。しかし、サカキバラさんは落ち着いている。
「出発のときにさしあげたアミノ酸ゼリー、ここで飲んでください」
そう言われたが、山に入ってすぐにバテたので、アミノ酸はすでに2つとも飲んでしまっていた。少し休んで、避難小屋を出た。何度も脚を踏み外しそうになりながら崖を下る。林に入るとまた避難小屋があり、そこでも短い休憩をとった。
「ここから先は野生動物がいます。スピードを上げていきましょう」
サカキバラさんの言葉で緊張が増した。彼女が先頭を歩く。僕は置いてきぼりにならないように歩を速める。道の途中の木に、ときどきベルがぶら下がっている。サカキバラさんがカーン! カーン! と鳴らしていく。クマ対策だ。ベルのある場所は実際にクマが現れたポイントらしい。近くには獣道があった。
さっきまではくたくただったけれど、避難小屋で休んで水を飲んだら、意外と疲労は回復した。人間の身体はほんとうによくできている。
「コウダテさん!」
サカキバラさんがふり向いて呼んだ。
「はい!」
反射的に僕は気をつけの姿勢になる。
「このあたりは獣臭があります。近くにクマがいるはずです。警戒してください」
「獣臭」と聞いて驚いた。サカキバラさんは獣のにおいを嗅ぎ分けられるらしい。自然児なのだ。
「はい! でも警戒しても、クマは来ますよね?」
「来るかもしれませんね」
短い会話の後、グングン進んでいく。サカキバラさんは獣臭と言ったが、僕にはさわやかな森のにおいしか感じられない。
著者略歴:神舘和典(こうだて・かずのり)
1962(昭和37)年、東京都生まれ。ライター。音楽、スポーツ、文化、政治・経済まで幅広い分野で取材・執筆。ミュージシャンのインタビューは国内外400人を超える。『不道徳ロック講座』『墓と葬式の見積りをとってみた』『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』、西川清史氏との共著『うんちの行方』(以上新潮新書)、『上原ひろみサマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。
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