
モラハラ・夫婦問題カウンセラーの麻野祐香です。
今回は、長年にわたり夫から否定され続け、自信を失っていたSさんが、ミセスコンテストへの挑戦を通して自分を取り戻していった事例をご紹介します。
否定され続ける日常のなかで
Sさんは結婚後、夫から日常的に「お前は何をやってもダメだ」「普通じゃない、ダメ人間」といった言葉を浴びせられてきました。家事や育児をどれだけ丁寧にこなしても、認められることはなく、感謝の言葉もありません。そんな日々が続くうちに、Sさんの中には少しずつ「自分には価値がない」という思い込みが根を張っていきました。
かつては反論したこともありました。けれど、そのたびに夫はため息混じりにこう言うのです。
「俺は現実を言っているだけだよ。お前のためなんだ」
それを繰り返し聞かされるうちに、Sさんは「自分のためを思って言ってくれているのかもしれない」と考えるようになりました。やりたいと思ったことがあっても、挑戦する前から諦めてしまう。そんな状態が、いつの間にか当たり前になっていったのです。
ここに、モラハラの特徴があります。
Sさんの夫は、露骨な暴言を吐くわけではありません。人格を直接否定する言葉も、あからさまには使いません。けれど、「あなたには無理だ」という前提を、繰り返し刷り込んでいくのです。
これは心理学でいう“自己効力感”を奪う行為です。自己効力感とは、「自分はできる」と感じる力のこと。人はこの感覚があるからこそ、新しいことに挑戦しようとします。しかし、否定を受け続けると自己効力感は失われ、挑戦そのものを避けるようになります。それは一種の防衛反応でもあります。
善意の顔をした支配
さらに厄介なのは、夫が「俺は心配しているだけだ」という構図を作り上げることです。妻のやる気を削いでいるという自覚はなく、むしろ善意の立場を装います。怒鳴らない。手を上げない。生活費も入れている。外から見れば“きちんとした夫”に映ります。
だからこそ、妻自身が支配されていると気づきにくいのです。
「私の考えは間違っている」
「夫の言うほうが正しい」
そう思い込むようになること自体が、支配の入り口です。
Sさんは気づかないうちに、「どうせ無理」という夫の言葉を、自分自身の口ぐせにしていました。これがソフトモラハラの怖さです。当事者ですらモラハラと気づきにくい。それでも確実に、自信を少しずつ削り取っていくのです。
ミセスコンテストの、ホームページに書かれていた言葉に…
そんなある日、友人からミセスコンテストへの応募を勧められました。そのとき、Sさんはすぐに首を横に振りました。
「自分なんかが通用するわけがない」「夫に知られたら、何を言われるかわからない」
そう思い、いったんは断ったのです。それでも、ほんの少しの興味からホームページを開きました。するとそこには、堂々と立つ女性たちの写真が並んでいました。
そして、ページに書かれていた一文に目が止まります。
“誰かのためではなく、あなた自身を一番に大切にする。その勇気が、本当の輝きを作ります”
「自分を一番に、大切にする?」
Sさんは、思わずその言葉を心の中で繰り返しました。これまでの人生で、「自分を大切にする」という発想はほとんどありませんでした。夫が不機嫌にならないように。夫が満足するように。夫の人生を支える“パーツ”として、自分を削り、形を合わせることが正解だと思い込んでいたのです。
けれど、画面の中の女性たちは違いました。誰かの所有物ではなく、自分自身を愛し、大切にしている。その自信があるからこそ、あんなにも眩しく笑っているのではないか。そう感じた瞬間、Sさんの胸の奥に、忘れかけていた小さな熱が灯りました。生き方を大きく変えるのは難しいかもしれない。それでも、「自分を大切にしてもいい」という許可を、自分自身に出してあげたい。
その思いが、エントリーボタンを押す勇気へと変わっていったのです。
鏡の中の自分、そして夫への告白
数週間後、一次審査通過のメールが届きました。
「もし一次審査で落ちたら、それで終わりにしよう」
そう決めていたSさんでしたが、結果を目にした瞬間、気持ちは変わりました。
「ファイナリストに進んでから、夫に伝えよう」
新たなゴールを胸に、Sさんの生活は一変しました。家事の合間を縫って、ウォーキングの練習や食事管理、メイクの研究を始めました。夫に怪しまれないよう、それらはすべて夫が不在の時間や、家族が寝静まった深夜に行われました。
やがて、公式レッスンがスタートします。ウォーキング、表情トレーニング、スピーチ練習……。鏡の前に立ったとき、Sさんは自分の姿を直視できませんでした。姿勢は丸まり、目線は下がり、自信のなさがそのまま体に表れていました。
「もっと自信を持って」
講師のその一言が、胸に突き刺さります。”自分に自信を持つ”。 結婚生活の中で、そんな感覚を持ったことはありませんでした。けれど、外の世界では誰もSさんを否定しません。
「いいですね」
「素敵ですよ」
そう声をかけてくれる人がいる。最初は戸惑い、どこか疑いさえ抱きました。それでも、少しずつ、その言葉を素直に受け取れるようになっていきました。
鏡と向き合う時間が増えるにつれ、Sさんの表情にも変化が現れました。夫の顔色をうかがうために伏せがちだった視線が、ゆっくりと前を向くようになったのです。そして選考が進み、ついにSさんはファイナリストに選出されました。ファイナリストになると、公式行事やリハーサルへの参加が必須となります。もはや隠し通すことはできません。Sさんは意を決し、夕食の席で夫に伝えました。
「実は、ミセスコンテストに応募していて……ファイナリストに選ばれたの」
夫は一瞬、呆然とした表情を浮かべました。そして、すぐに否定の言葉を口にします。
「は? お前みたいな地味な女が? 何かの間違いだろ。どうせ恥をかくだけだ。やめておけ」
やはり、最初に出てきたのは見下しでした。ところが、夫はスマートフォンで大会の詳細を調べ、そのコンテストが知名度のある華やかな舞台だと知ります。
「まあ、世間的に“妻がファイナリスト”っていうのは、俺のステータスにはなるか。俺に恥をかかせないようにやってみろ」
そう言って、ころりと態度を変えたのです。夫は周囲に「妻がファイナリストなんだ」と自慢げに話すようになり、Sさんがレッスンへ出かける際も、送り出す素振りを見せるようになります。Sさんは、その変化に安堵しました。
「頑張れば、夫も私を認めてくれるかもしれない」
そんな淡い期待を胸に、本番に向けたレッスンへと、さらに打ち込んでいったのです。
本編では、否定され続けて自己効力感を奪われたSさんが、ミセスコンテストへの挑戦を通して、自分を取り戻し始めた過程をお伝えしました。
▶▶「妻がファイナリスト?」最初は否定、次は利用、そして…。ミセスコンテスト挑戦で見えた、夫の支配の本質と私の覚醒
では、その後の夫との確執、コンテストの仲間との出会いによってSさんが気づいた「あること」と、支配から抜け出す決意についてお届けします。
※本記事は、相談者様への敬意と守秘義務に十分配慮したうえで、モデルケースとして編集・再構成しお届けしています。特定の人物や事例を示すものではありません。
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