夫婦問題・モラハラカウンセラーの麻野祐香です。
結婚生活において、お互いを尊重し、思いやることはとても大切です。しかし、結婚した途端に態度が変わり、モラハラを繰り返す夫に苦しみながらも、「いつか変わるかもしれない」と期待して関係を続ける女性は少なくありません。
「もう二度としない」と謝罪した夫の言葉を信じてやり直したものの、結局同じことの繰り返しだった——そんな経験をしたNさんのエピソードを通して、モラハラ夫との関係を断ち切れない心理について考えていきます。
結婚した途端に変わった夫の態度
Nさんが夫と出会ったのは、彼女が37歳のときでした。
交際中の夫はとても優しく、些細なことでも「大丈夫?」と気にかけてくれる人でした。声を荒げることすらなく、Nさんは「こんなに穏やかな人なら、安心して結婚できる」と思っていました。
そんな彼の要望は「結婚後は子作りのために休職してほしい」というもの。職場からは引き止められましたが、Nさんは優しい彼の願いだから……という思いもあり、1年間の休職を決めました。
しかし、結婚した途端に彼の態度は一変しました。
「誰の金で飯を食っているんだ」
「お前の意見なんて聞いてない」
そんな言葉を日常的に浴びるようになり、Nさんは次第に自己肯定感を失っていきました。
最初は「夫の言うことはおかしい」と思い、言い返すこともありました。しかし、どんなに正論を伝えても話は通じず、毎日のように否定され続けるうちに、それまで培ってきた自信は、徐々に崩れていきました。
人生の中でここまで強く否定されたことがなかったため「もしかしたら私の考え方が間違っているのかもしれない」と次第に思うようになりました。夫の言葉を聞くたびに、自分の価値観が揺らぎ、やがて「夫の言う通りなのかもしれない」と信じ込むようになっていったのです。
次第に、Nさんは自分の意見を持つことを諦めるようになりました。そんなNさんに夫はさらに追い打ちをかけるように、こう言いました。
「お前のことなんて、会社も本当は厄介者だと思っているよ。休職じゃなくて本当は辞めてほしいと思ってるんだ」
その言葉は、Nさんの心を深くえぐりました。
「私はもう仕事に戻れないのかもしれない……。夫がいなくなったら、経済的に生きていけない」
そんな不安に支配され、Nさんはますます夫の言葉に逆らえなくなっていったのです。
Nさんが夫の言葉に洗脳され、自信を失っていった理由
Nさんが夫の言葉を繰り返し聞くうちに自信を失い、夫の言うことを信じ込むようになった背景には、「学習性無力感」や「ガスライティング」といった心理現象が関係しています。
まず、「学習性無力感」とは、何をしても無駄だと思わされる心理状態のことを指します。人は何度も否定され続けると、「どうせ何をしても意味がない」と学習し、自分で考えて行動する力を失っていきます。Nさんも夫の言葉に反論する気力を奪われ、「自分の考えは間違っているのかもしれない」と思い込むようになってしまいました。
さらに、夫が「お前のことを会社も厄介者だと思っている」と言い続けたことで、Nさんは「夫がいなければ生きていけない」と信じ込むようになりました。これは「ガスライティング」と呼ばれる心理的虐待の一種で、相手の認識を歪め、自尊心を破壊し、精神的に依存させる手法のひとつです。
こうした状況が積み重なった結果、Nさんの自尊心は完全に崩れ、「自分には価値がない」「自分で考えても間違えるだけだから、夫に従うしかない」「夫なしでは生きていけない」と思い込むようになりました。そして、夫の言葉に耐え続けるしかないと信じ込むようになっていったのです。
憔悴した夫を見て「もう一度やり直そう」と思ったが…
「結婚後、母はよく私を食事に誘ってくれました。母は、私から笑顔がなくなったことに気づき、内心では心配していたそうですが、夫のことを悪く言うのをためらっていたようです。しかし、私はある日とうとう限界がきて、泣きながら母に夫の言動を打ち明けました」
「もう、そんな家に帰らなくていいんだよ」とお母さんは言い、Nさんはそのまま実家に戻りました。
すると、翌日の夜、憔悴しきった夫が謝罪にやってきました。涙を堪え、体を震わせ、今にも消え入りそうな夫を見て、Nさんは、夫が変わってくれるかもしれないという期待を抱き、もう一度やり直すことを決めました。
夫は「ご両親にも迷惑をかけたから」と温泉旅行を計画し、久しぶりに家族全員が和やかに過ごしました。
「これからは、もう大丈夫。幸せになれる」
そう思ったNさんでしたが……その夫の優しさは、わずか1ヶ月で消え去りました。
たった1か月でモラハラに戻った夫
夫が涙を流し、憔悴した姿で謝罪したのは、本当に反省していたわけではなく、自分にとって都合が悪くなったからでした。
モラハラ加害者にとって、パートナーは支配の対象です。そのため、相手が離れそうになると「このままではまずい」と危機感を抱きます。Nさんが実家に戻ったことで、夫は「自分のもの(妻)を失うかもしれない」という恐怖を感じたのです。そこで、謝罪し、優しく接することでNさんを取り戻そうとしました。
しかし、モラハラ加害者は根本的に自分が悪いとは本気で思っていません。支配関係が戻ると「もう許された」と考え、再び攻撃的な態度に戻ってしまいます。実際、Nさんが帰宅したことで夫は安心し、以前と同じように暴言を吐き始めました。これは、夫の中で「妻は自分の言うことを聞くものだ」という確信が生まれたからです。
つまり、モラハラ加害者は「変わる」のではなく、「一時的に態度を変えるだけ」。本質的には何も変わらず、結局同じことを繰り返してしまうのです。
本編では、Nさんが夫の言葉に洗脳され、自信を失っていった過程と、その心理解説を行いました。
続いての▶▶ついにモラハラ夫との離婚を決断できる?決心が揺らいだNさんがやったことは
では、長年モラハラに耐えてきた人が離婚を決断したあとに起こりがちな「揺り戻し現象」と、その対処法についてお伝えします。