夫婦問題・モラハラカウンセラーの麻野祐香です。
結婚生活において、お互いの適度な距離感を保つことは、心地よい関係を続けるために大切です。しかし、夫の定年をきっかけに「もう一緒に暮らせない」と離婚を決断する妻が増えているのをご存じでしょうか。
「長年連れ添ったのに」と思われがちですが、実はその決断の裏には、長年耐え続けたモラハラや心のすれ違いがあります。今回は、30年間夫に従い続けたY子さんのエピソードを通して、夫の定年とともに離婚を決意する妻の心理を考えていきます。
妻は諦めた……それなのに、夫は思い通りになったと勘違いする
「おい、いつになったら夕飯が出てくるんだよ? 俺が帰ってきてるのに、のんびりしすぎじゃないか?」
夫の言葉に、Yさんは心の中でため息をつきました。
(私も仕事から帰ってきたのは30分前。休む間もなく夕食の準備をしてるんだから、少しは待ってくれてもいいでしょ?)
そう言ったところで、「妻のくせに」「手際が悪い」と言われるのは目に見えています。何を言っても文句を言われるのだから、無駄なエネルギーを使うことはやめよう。そう思ってYさんは黙って夕食の準備を続けました。
「お前、最近本当に適当になったよな。お前ができるのは家事くらいだろう? 仕事してるって言っても、たかがパートだろ。もっとちゃんとやれよ。」
Y子さんは、そんな言葉を毎日のように浴びせられていました。いつの頃からか、夫には何も言わない、反論しなくなりました。
(自分の意見を伝えても無駄だと悟ったのは、いつだっただろうか……)
思い返すと、最初の頃は、夫の言い方に納得できず、
「そんな言い方しなくてもいいでしょ」
「私は家事も育児もちゃんとやってる」
と、何度も言い返していたのです。
でも、そのたびに夫は
「俺が間違ってるっていうのか?」
「お前のやり方が悪いから言ってるんだろう!」
と声を荒げ、さらに責め立てたのです。
(どれだけ訴えても、夫には伝わらない。何を言っても無駄なんだ……)
そう思うようになってから、Y子さんは期待することをやめました。そして、夫への反論を捨て、沈黙を選んだのです。
「熟年離婚」という決意が芽生えるとき
Y子さんの状態は、心理学でいう 「学習性無力感」 の典型的な例です。学習性無力感とは、何度も否定される経験をすることで 「どうせ無駄だ」 と学習してしまう心理状態を指します。
Y子さんも、最初は夫の理不尽な言動に反論していました。しかし、どんなに正論を述べても、夫は絶対に非を認めず、話をすり替えたり攻撃を続けるばかりでした。そのため、「何を言っても無駄」と諦め、夫に対して 「わかってほしい」 という期待すらなくなってしまったのです。
この状態が長く続くと、自己主張を諦め、感情を押し殺して耐えることが 「最善の方法」 だと脳が判断するようになります。
妻が諦め、反論しなくなったことを、夫は「やっと俺の言うことがわかったのか」と勘違いします。自分の支配がうまくいったと思い込みますが、実際にはそれが妻の心に 「熟年離婚」 という決意を芽生えさせることにつながっているのです。
反抗しなくなったYさんに、夫は「妻が従った」と勘違いして…
それ以降、Y子さんは 夫の言うことに逆らわず、ただ『わかった』とだけ返事をするようになりました。
すると、夫は満足げにこう言うようになりました。
「やっと俺の言うことを聞くようになったな」
「お前も少しは賢くなった」
妻が何も言わなくなったことで、夫は 「自分が正しい」「妻は自分のすごさをやっと理解した」 と思い込んでしまいます。しかし、それは ただの勘違い です。
妻が反論しなくなったのは、夫の意見に納得したわけではありません。
「従っている」のではなく、「諦めている」。ただ、 「何を言っても無駄」 だと悟ったからです。
Y子さんは、無駄なことにエネルギーを使うのをやめ、 自分の心を守ることを優先した だけなのです。
沈黙は「従順」なのではなく、「自己防衛」
Y子さんが黙るようになったのは、夫に従順になったからではありません。これは、自分を守るための 最終的な手段 でした。反論するたびに傷つけられ、精神的に疲れ果ててしまった結果、
「夫に抗議することでさらにダメージを受けるくらいなら、黙っていたほうが楽」
と脳が判断したのです。
しかし、彼女には 「定年を機に離婚する」 という決意がありました。
そのため、長期間耐え続けながらも 「最終的には自己を取り戻す」 ための準備を進めていたのです。つまり、Y子さんの沈黙は 「絶望」ではなく、「脱出のための静かな戦略」 だったと言えます。
本記事では、夫から繰り返し否定されることによって「学習性無力感」に陥ったYさんと、その夫の心理解説をお届けしました。
▶▶続く:「定年の日まで、静かなカウントダウン。でも私が、夫に最後まで願い続けていたことは」
では、Yさんのその後についてお伝えします。