
不登校児の親として、体験したことや考えたことをふりかえるこの連載。
今回は、前回に引き続きスクールカウンセラーさんとの関わりについて考えたい。
【仙田学・シングルファーザー小説家の子育てと社会日記】#5
中学に入って登校しなくなった娘。スクールカウンセラーは長女をほとんど知らないが
うちの長女は小6の2月頃からとつぜん学校を休みがちになり、中学生になってからもそれは続いた。小学校のスクールカウンセラーをたびたび利用していたわたしは、中学校のスクールカウンセラーさんにも頼ることにした。
担任の先生にその旨を伝えると、すぐにスクールカウンセラーさんにつないでいただけた。月にいちどのペースでわたしは中学校に通い、長女の状況を話して、不安や悩みを打ち明けた。
子どもの話し相手になり、心身の健康を見守るのが、スクールカウンセラーさんの本来のお仕事だろう。小学校で通っていたスクールカウンセラーさんからは、わたしと長女とで別の枠をとってもらっていたので、長女のことをよく知っている先生とお話しすることができていた。
だが、長女は中学に入ってすぐに休みがちになり、6月から全く行かなくなったので、スクールカウンセラーさんは長女のことをよく知ってはいない。つまり、わたしは不登校児本人についての悩みではなく、不登校児の親としての悩みを相談しにいっていた。
カウンセリングの過程でわたしが「見つけ始めたもの」、中でも最大の変化とは
公立学校では、スクールカウンセラーさんは1校にひとり、週1日というかたちで配置されていて、相談枠は授業ひとコマぶんの50分と決められている。だが長女の中学校のスクールカウンセラーさんは、担任の先生の言葉を借りると「フットワークが軽」く、わたしの仕事の都合にあわせて出勤日ではない日に枠を設定したり、50分の枠を超えて、ときには2時間近く話を聞いてくださったりした。そうして不登校児の親としていちばん辛かった、1年足らずのあいだを伴走していただいた。
月にいちどスクールカウンセラーさんと会い、どんな話をしてきたのかはあまり思いだせない。もちろん最初は長女の様子を相談したり、進展があれば報告したり、学校でのようすを聞いたりしていた。わたしが言葉を切ると、スクールカウンセラーさんは目をあわせてゆるく微笑みながら、言葉の続きをしばらく待つ。その間が、ちょっと気まずくなるほどいつも長いので、わたしは口が動くままに喋り続ける。
そのなかで、深くは考えてこなかったことを掘り下げて考えたり、忘れてしまっていたが思いだしてみると大切に思えることを再発見したり、といったことが多々あった。かつて不登校だった自分の子どもの頃のこと、大学で関わっている学生たちのこと……アニメやマンガや映画にも詳しい先生だったので、最近観たアニメの話で盛りあがることもあった。半年ほど通ううちに、わたしは長女への接しかたや捉えかただけでなく、「不登校児の親としての自分」を発見するようになっていった。
いちばん大きく、衝撃的な発見は、「このままでいい」と心の底から思えるようになったことだ。いつものようにとりとめのない話をしていたある日、わたしの口からこんな言葉が漏れた。
「赤ちゃんだった頃は、生きててくれるだけで嬉しかったんですけどね……」
口にしながら、わたしは頭を殴られたような衝撃を受けた。
子どもが「できる」ようになった瞬間の、あの喜び。しかし「できて当たり前」に変わる
そうだ。そうだった。長女が赤ちゃんだった頃は、ベビーベッドで眠っているだけなのに、ちゃんと息をしているか心配になって何度も何度も確認しにいった。長女が笑うと、それまでの人生で味わったことのないような温かい気持ちで胸が満たされた。
座れるようになり、歩けるようになり、喋れるようになり、そのたびに手をたたいて喜び、たくさん褒めた。ひとりでトイレにいったり靴を履いたりできるようになり、自転車に乗れるようになり、逆あがりができるようになり……だが、いちどできるようになってしまうと、それらは「すごいこと」ではなく「当たり前のこと」になっていく。はじめてできたときの喜びは、時間が経つにつれて、思いだせないくらい跡形もなく消えてしまう。
言い換えれば、無意識のうちに「できると期待すること」のハードルがあがっていくのだ。ひとりで靴を履けて当たり前。好き嫌いなくご飯を食べて当たり前。脱いだ服は脱衣カゴに入れて当たり前。
むしろできていないと、なんでできないの!? と思ってしまう。
学校へ行くこともそうだ。
前日から準備をして、朝7時には起きて、朝ごはんを食べてランドセルを背負い、集団登校で学校に行く。勉強や行事を楽しみながら頑張って、成績はそこそこでいいので、たまにいく参観日や運動会では元気な姿を見せてほしい。だってそれは、できて当たり前のことだから。
いつからかわたしは、自覚もしないままそう望んでいた。
だから、長女が学校に行かなくなってからずっと、恐怖に近い不安にかられ続けてきた。
つづき>>>不登校児の親が抱える不安を払拭してくれるのは「親の視点の変換」そのものかもしれない?その視点とは
■編集部より/8月21日(金)19時~「不登校ラジオ」vol.3インスタライブ!

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