家族関係研究所の山下あつおみです。
今回お話を伺ったのは、「帰宅後の“おかえりハグ”が、いつの間にか“触り魔”扱いされていた」と語る、41歳の会社員・タカシさん。
愛情表現のつもりで、毎晩ハグやボディタッチを繰り返していたタカシさんですが、ある日、妻(39歳)から「やめて」と怒りをぶつけられ、それを境に夫婦関係はぴたりと止まってしまったといいます。
7歳の娘を育てるなか、タカシさんは「自分はなぜ拒絶されたのか」と向き合いながら、関係修復の糸口を模索しています。
一見“無神経すぎる夫”の話にも思えますが、その背景には「家族間の距離感」に対する夫婦間の、深くて大きなギャップがありました。
※本人が特定できないよう変更を加えてあります
※写真はイメージです
夫は愛情表現のつもりだった…毎晩のハグが妻にとって“ストレス”になるまで
結婚10年目のタカシさんは、夫婦仲は良好だと信じていました。子どもが生まれてからも「行ってきます」「気をつけてね」と声をかけ合い、帰宅時には「おかえり」「ただいま」と言い合う──そんな毎日の積み重ねに、安心感を感じていたのです。
中でもタカシさんにとって大切だったのが、帰宅後の“おかえりハグ”。玄関からリビングへ向かう途中、奥さまの姿が見えると後ろからそっと抱きしめる。ほんの数秒、肩に手を置いて「ただいま」を伝える──それがふたりの当たり前になっていました。
「どんなに疲れて帰ってきても、このハグで一日のストレスが半分以下になるんです。体温が伝わると、ああ、家に帰ってきたなって実感できるんですよね」
最初は奥さまも自然に応じてくれていたように思えました。「おかえり」「今日は早かったね」と声を返し、娘が「パパおかえり!」と走ってくる日もあって、タカシさんにとっては幸福そのものの瞬間だったといいます。
しかし、ある頃から“ただのハグ”は、無意識のうちにエスカレートしていきます。肩に手を置くだけでは物足りなくなり、腰に手を回す、背中をなでる、首筋に頬を寄せて強く抱きしめる──。タカシさんにとってはごく自然な「愛情表現」のつもりでしたが、奥さまにとっては次第に「しつこい」「今日はやめてほしい」と感じることが増えていったのかもしれません。
「最初は『今ちょっと疲れてて』『手が冷たいから』と、さりげなく断られていました。でも僕は『え、どうして?』と聞き返したくなってしまって……。“触れることで相手が嫌な気持ちになる”なんて、正直、意識していなかったんです。むしろ『マッサージしてあげようか?』くらいのつもりで……」
奥さまは笑顔を作りながらかわしていたそうですが、毎晩繰り返されるスキンシップに対して「察してほしい」という思いが募り始めていたのです。そしてそれが、やがて“決定的な拒絶”へとつながっていきます。
何度も肩をポンポン…妻の反応を“探る”癖が生んだすれ違い
タカシさんのボディタッチには、もちろん悪意はありませんでした。むしろ「愛情たっぷりの無害なスキンシップ」として、自分でも好ましいものだと思っていたそうです。けれど、奥さまの視点に立てば――その“無自覚さ”こそが、じわじわとストレスになっていたのです。
「触るタイミングも場所も、あまり深く考えていなかった」と語るタカシさん。代表的なシチュエーションとして挙げたのが、家族で夕食を囲んでいるときの行動でした。
「ダイニングテーブルで隣に座ってると、つい肩をポンポンって叩いちゃうんですよ。娘と奥さんが盛り上がってると、自分も混ざりたくなる。反応が薄いと『どうしたの?』『元気ない?』って、つい声をかけちゃうんです」
一見すると家族団らんのワンシーンですが、奥さまにしてみれば、「特に理由もないのに肩を叩かれること」が徐々に煩わしく感じられるようになっていたのかもしれません。
しかも、タカシさんの“反応を見るクセ”は一度だけでは終わりません。何気ないタッチの回数が重なるうち、「また叩かれた…」「また反応を見られてる…」という小さな警戒感が蓄積され、心のどこかで萎縮していった可能性もあります。
ソファで隣に座ると、なぜか“腰から”接近してしまう夫
夕食後、家族でテレビを観ているとき。あるいは、娘を寝かしつけたあと、夫婦ふたりでドラマを観ているとき──そんな“くつろぎの時間”にも、タカシさんには無意識のクセがありました。
それは、ソファに並んで座ると、つい腰をグイッと奥さま側に押しつけてしまうというもの。
「テレビに集中してるのに、なぜかちょっかい出したくなるんですよね。『このシーン面白いね』って話しかけたいだけなのに、言葉より先に腰が動いちゃう(笑)。自分では“家族団らんを楽しもう”くらいの感覚でしたけど、妻からすれば『いきなり押されたら驚くし、ちょっと痛い』って思ってたかも……今は反省してます」
たしかに、夫婦のあいだでは軽いボディタッチが“親密さ”を育むこともあります。けれど、それが一方的で、しかも頻繁すぎれば、相手にとっては「圧」として感じられてしまうこともあるのです。
ベッドで“癒すつもり”のタッチが、妻の限界を超えた瞬間
今回のレスに至る経緯を象徴する出来事がありました。
それは、娘が寝静まったあとの夫婦の時間。ベッドで横になっているとき、タカシさんにはある“習慣”があったといいます。
「パジャマの上から、奥さんの太ももをさするように触れていました。素肌に直接ではないし、僕としては“リラックスしてもらえたら”という気持ちだったんです。自分が足をマッサージされると気持ちいいから、向こうもきっと嫌じゃないだろうと……そんな思い込みがあって」
しかし実際には、その夜のタッチが“最後の一押し”になりました。
奥さまの我慢は、その瞬間、静かに限界を超えたのです。
「今になって思えば、どの行為も“善意”から始まっていたけど、全部“自分視点”だったんです。受け手の気持ちを考えていなかったと、ようやく気づきました」
「何度も言ってるのに!」妻の怒声とともに、夫婦の距離が“崩壊”した夜
では、奥さまの怒りが爆発する決定的な瞬間は、どのように訪れたのでしょうか。
タカシさんが語る“あの夜”の光景は、夫婦のコミュニケーションが一気に崩れ落ちるほど衝撃的なものでした。
それは、2年前のある平日の夜。いつものように娘を寝かしつけたあと、夫婦で布団に入り、何気ない会話を交わしていたといいます。仕事で疲れていたタカシさんは、癒しを求めるように無意識のまま奥さまの太ももに手を伸ばしました。
その瞬間、奥さまは明確に拒絶の意志を示します。
いつもの「今日はやめて」ではありませんでした。声を荒らげ、こう叫んだのです。
「やめてって何度も言ってるのに、どうして無視するの!? もう我慢できない!」
突然の怒鳴り声に、タカシさんの体は一瞬で凍りつきました。
結婚して以来、これほど強いトーンで怒りをぶつけられたことはなく、頭が真っ白になったといいます。
「いつもなら、『そんなに嫌ならやめるよ、ごめん』で済ませてた気がします。でも、このときは明らかに様子が違って……。奥さまは泣きそうな顔で、本気の怒りだった。謝るよりも先に、自分の中で『何が悪かったんだ?』と混乱してしまって……。そのまま、奥さまは寝室を飛び出していきました」
背後に残された布団の中で、タカシさんは一晩中眠れなかったと振り返ります。
突然すぎる出来事と、自分が原因であるという理解が交錯し、強烈な罪悪感と“理解できなさ”が入り混じっていたといいます。
そしてこの夜を境に、ふたりの関係は決定的に変わりました。
それまで毎日交わしていた会話やスキンシップは姿を消し、夫婦の距離は完全に断絶してしまったのです。
無意識のスキンシップが、相手を追い詰めることもある
「愛しているから触れたい」「仲良くしたいからくっつきたい」それ自体は自然な気持ちでも、相手にとってそれが“しんどい”ものであれば、愛情ではなく“負担”になってしまうことがあります。
特に、夫婦間では「自分の当たり前」が通用すると思い込んでしまいがち。でも実は、スキンシップの許容量や心地よい距離感には、個人差も育った環境も大きく関わっているのです。
本編では、無意識の愛情表現が奥さまの怒りを招き、夫婦の関係が断絶してしまうまでの経緯についてお伝えしました。
▶▶「もう一度、夫婦としてやり直したい」“触らない夫”になって気づいたこととは
では、関係修復のためにタカシさんが試みた努力と、夫婦の“適切な距離感”を取り戻すまでの過程についてお届けします。