日々が飛ぶように過ぎていくなか、自分のあり方に漠然と迷う40代50代。まるでトンネルのように横たわる五里霧中ですが、そんななか「ほんのちょっとしたトライ」で自分のあり方を捉えなおすには、「最初の一歩」に何をしてみればいいのでしょうか。
ライター野添ちかこがオトナサローネ読者にインタビューを行い、リアルな女性の人生をお届けする本シリーズ。今回は、体調不良で退職をするも、気づけば「FIRE」状態?読書会を開催して本音の関係を手に入れた女性の体験談をご紹介します。
◾️コマチさん
奈良県在住、56歳。53歳の夫と二人暮らし。
【私を変える小さなトライ#24】
「まかせて。私が稼ぐから」貧乏生活に嫌気がさして、経験ゼロで営業職に飛び込んだ
元々は証券会社の営業職で、会社中心の毎日を送っていました。辞めた理由は「仕事をやり切った」と思ったからです。37歳のときに中途入社して以来、来る日も来る日もノルマに追われて、毎日のように「燃え尽き」ては、疲弊していく日々。入社してからの17年間は全精力を仕事に傾け、神経をすり減らし、休日も気の休まることはありませんでした。
そもそも、私がこの会社に入ったのは、結婚後、住んでいる街に誰一人知り合いがいない状況のなか、夫がスキルアップのために資格を取りたいと言い出して。でも、貧乏生活で、予備校に行くお金さえなかったんです。
そんな生活に嫌気がさし、「自分が稼ぐから」と「初心者OK、9−17時、高給」に惹かれて入社を決めました。女性の仕事といえばスーパーのレジ打ちやJAのパートしかないような田舎町ですから、営業経験ゼロ、37歳の私を雇ってくれる企業の存在は有り難かったのです。
54歳でストレスが溢れ出て、帯状疱疹を発症。辞めどきなんだな、と思いました
働き始めてみたら、「9−17時」で終わる仕事ではなく、土・日も仕事に追われるようになってしまいました。季節の移り変わりを感じたり、世の中の動向に目を向けたりもできず、「気づいたらあっという間に春が終わって冬になる」そんな慌ただしい年月を過ごしていました。
街全体がアウェイの状況。知らない街で1軒1軒、昭和のスタイルで、企業に飛び込み営業をする毎日。「旦那が資格試験に受かったら、こんな仕事、辞めてやる!」と思っていましたが、ちょっとずつお客さんが増えてきて、営業成績を伸ばしてくると、キツくても途中で投げ出すわけにはいかなくなって。結局、17年、ストレスにさらされ続けて日々が過ぎていきました。
そんな生活にピリオドを打とうと決意したのは、54歳のとき。ある日、帯状疱疹になってしまったんです。お腹の柔らかいところに帯状に水泡ができて、1〜2カ月の間、ピリピリと刺すような痛みが続いて、それはもうしんどくて……。もう、辞めどきなんだなと思いました。
あれ、この状態はもしかして、夢の「FIRE」?
勤めているときは毎日5時に起床し、6時台には家を出て、7時過ぎには会社に到着していました。いま思うと、「よく働いていたな」と思いますが、もうあの頃の生活に戻るなんて、無理ですね。
証券会社での仕事は心身に不調をきたすほどハードでしたが、人生に無駄はありません。この職業に就く前は、株式投資について全く知識のない素人でしたが、勉強して、知識を身につけることができたので、現在は株式投資で運用益を手にすることができるようになりました。
現在は退職をして無職の状況ではあるけれど、これって、俗にいう「FIRE達成」かなって。持っている株を全部解約したら、私一人でも生きていけるくらいの資産は築けているんです。
仕事を辞めてから当面は何にもやる気が起きなかったんですが、同じ本好きの人と本音で話せるような会をしようと「読書会」を開いています。以前、参加したことがある読書会で知り合った女性に声をかけて始めた小さな会で、多いときでも6人、少ないときは3人くらいで集まっています。
本編では、証券会社で営業の仕事をしていたコマチさんが、体調を崩して会社を辞めるも、新しい趣味「読書会」を開き始めたというお話をお届けしました。
続いての▶▶「紙が好き、本が好き。だから、将来は『選書サービス』をしてみたい」では、コマチさんが大好きな本をテーマに仲間と語り合う「読書会」を開催しているお話を詳しくお届けします。