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感涙、感涙、感涙

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金メダルこそ2個と少ないが、総メダル数では28個(8日0時現在)。中国、米国、英国に続く堂々の4位だ。競技種目的には丁度半分を消化したところなので、この先どこまで伸びるか。またこれまで獲得できなかった種目でのメダルも光る。アーチェリー、バトミントンなどなど。なかでもかって日本のお家芸と言われた卓球の女子団体銀メダルは良い金だ。

米国、ドイツを撃破し、準決勝戦。相手は強敵シンガポールだ。シンガポールは北京五輪ではこの種目で銀メダルを取っている。その中心選手はフェン・ティアンウェイ。中国黒龍江省ハルピン出身だが2008年シンガポールに帰化した選手。他にもワン・ユエグ、リ・ジャウェイ。3人とも世界ランキング15位以内に入っている。個人戦では石川佳純は準々決勝でNO.2のワン・ユエグ選手に勝っている。その後準決勝で敗退。3位決定戦でもフェンに敗れメダルを逸した。シンガポール戦のオーダー。日本はシンガポールのエース、フェンに福原愛をぶつけた。見た目にも分かる気迫で勝負の第1ゲームを11-9で制する。この勢いは続き2ゲームもと続く。3ゲーム目は落とすが、4ゲーム目を11―9で勝ちきった。福原は今大会一番とも思える集中力を発揮し、相手エースを倒した。これで日本チームは勢いに乗り石川はワンをストレートで破る。3戦目のダブルスも平野早矢香・石川ペアが圧倒し。ストレートで撃破した。日本の銀メダル以上が確定。五輪卓球で始めての快挙となった。

ソウル五輪で正式種目になった卓球。それまでは世界選手権が舞台だった。1950年代日本の卓球は世界の王者だった。男子団体は5連覇を含む7度。女子が8度の世界一。シングルスのチャンピオンは10人輩出した。守り主体の欧州勢を、ペンホルダーの日本が打ち破り、世界卓球界の盟主となった。だた第二次大戦の後遺症もあり、欧州での活躍は冷たい目にさらされた。日本選手のスポーツマンシップがその目を和らげた。そのリーダーは荻村伊知郎。12の金メダルを手にしている。62年中国・周恩来首相より「中国に卓球のすばらしさを伝えて欲しい」との申し出を受けて、荻村は中国各地で選手・コーチを指導。今日世界王者の礎を築いた大恩人と言える。さらにピンポン外交で米中、日中の国交回復に尽力した。中国は国技として力をつけるが、日本はサーブの打ち方や用具の発達についてゆけず世界に遅れを取った。88年ソウル五輪で卓球が正式種目になったが、日本はメダルには届かない国になった。

この日本の閉塞感を打ち破ったのが福原だ。英才教育を受け、5歳10か月で全日本選手権バンビの部(小2以下)で優勝。国民的アイドルとなり小4でプロ宣言。16歳で飛躍を求め単身で中国スーパーリーグに2年参加。ハードな日程の中で最新技術を取り入れて行った。これが日本卓球に大きな刺激となった。五輪のメダルに近づいたのは北京五輪団体戦。しかし3位決定戦で韓国に敗れる。この敗戦の悔しさがバネとなり、ロンドンで韓国、シンガポールに勝つことを目標に4年間の特訓の日々が続いた。今回その努力が報われ、村上監督と3人は涙に咽んだ。それは長く厳しい努力が実を結んだ達成感の涙だったのだろう。冬の時代からの反転を感じさせる。

[ビハインド・ザ・ゲーム/スポーツライター・鳴門怜央]
《NewsCafeコラム》
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